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しくしくしくしくと、日本列島に縋り付きいつまでも泣き止むことのない梅雨前線。ハッキリと、僕はこの季節が嫌いである。今の雲に合わせたように唸り逆巻く僕の頭髪。うっとおしくて堪らない。
まるで濃霧の中にいるような湿度の渦。まとわりつくような不快な空気を、しかし何等気にする様子もなく、ごきげん嬢は満員電車の中、ゆうゆうとスマートフォンを弄る。
ごきげん嬢。本名、美作アデ様。僕のお仕えする美作家のご令嬢である。
門の前に捨てられていた赤子の僕を、御祖父様の代より美作家に仕えるばあやに引き取らせ、主従の関係ながらも家族同然に育ててくれた旦那様のご嫡子。嫡女?とりあえず美作家に男児はいない。
大変に失礼な物言いにはなるが、とかく変わり者というか、仕事以外はからきしというようなご両親の下、すくすくと育ったごきげん嬢は、
「お嬢様。先程から随分と熱心に何か観ておられますが…」
「ん?んふふ、ポピ郎君。これ、観て下さる?」
明眸皓歯、文武両道、才色兼備、温和伶俐…
傍目には完璧な淑女といった感じではあるが、
「友人に勧められて、BLというものを嗜んでみたのです」
「はぁ、小説ですか……てっ!おっ!ご………じゃ……お、じょう、さま?」
唐突にこんな事をしてくる、やはり変わり者の血脈故か、さもありなんという奇婦人。
「愛とは複雑なものですね」
僕にだけ観えるよう、こっそりと向けた液晶画面には、くんずほぐれずという、かなりアレな中年男性と中年男性。これはBLというか、
「か、そも、えっと……」
実写である。公序良俗がダメなソレである。スリーアウトどころか退場になるやつである。問題がありすぎてこの場で口にするのも憚られる。
「うふふ、確かに余り人がいるところで読む物ではない内容のようですね。でも横からは覗けないシートを貼っているので、人前でこんなものを、なんて、言う方がデバガメなのではないかしら?」
余計な事を言うなよ?と、口に出すより明確に、僕を威圧あそばされるごきげん嬢。
「はぁ、えっと、はい。あ、つ、次の駅です」
「分かっています。もう済んだし、大人しくスマートフォンはしまいますわ」
「……んぅ?はい、電源も」
「もちろん切ります。ポピ郎君は心配性ね、何だか最近ばあやに似てきたのではなくて?」
「恐れ入ります」
乗車率80%程度の車内。うるさくない様に配慮しているつもりではあるが、横で聞こえてしまった方々には、僕達は一体どんな風にみえるのだろう。
今時こんなのいるのか?とか、そういうプレイなのか?とか、もっと単純にうるさくて迷惑だとか、色々あるだろうが、
「今日は雨でも暑いから、晩にお素麺が食べたいわ。ポピ郎君、私も手伝うから、付け合わせは豪華なものを、めいっぱい作りましょう?」
僕は羨ましがられていると、勝手に思い込む事にしている。
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