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専業主婦になりたかったわけじゃない。でも付き合っているとき、彼が「家庭的な人が好き」と言っていたから、私は望んで家庭に収まった。掃除だって料理だって、得意じゃないのに、頑張ってこなしている。そんな私を彼は褒めてくれたことがない。
出会ったときからクールな人ではあったけど、優しさには気づいていた。さりげなく車道側を歩いてくれたり、車に乗っているときはブレーキのたびに腕で前のめりになるのを防いでくれたり。そういうところが好きになったんだけど、結婚してからは出かけることも少なくなった。
毎日彼のためだけに化粧をして、彼のために料理を作って、彼のために過ごす。出かけるのは食材の買い物に行くときだけ。
「…いる」
ストーカー被害に遭っているというのは嘘じゃない。数ヶ月前から目線を感じるようになって、振り向くと明らかに影がある。私のあとをつけるように、忍び寄る影。
だからいつも早くスーパーに行って、時間をかけて買い物を行う。向こうもスーパーの中までは入ってこず、時間をかければかけるほど帰りに見つかるリスクが減る。
今日もそうしてやり過ごそうとお肉コーナーを見ていたら、ピコンと携帯がメッセージの受信音を鳴らした。
[仕事早く終わった。いま家か?]
久しぶりの彼からのメッセージに胸が踊る。[ごめんなさい、今スーパーにいます]と返信すると、[大丈夫か]とすぐに返信が返ってきた。
[つけられているんだろ]
心配してくれている。心配してくれている!
嬉しさのあまり手が震える。言ってよかった。そうよ、私いまつけられているの。ああ、でもなんて返事すればいいだろう。心配してほしかったのは事実だけど、いざとなると余計な心配かけさせたくない気持ちも出てくる。
あれやこれやと返信に迷っているうち、彼から[迎えに行く]とのメッセージ。天地がひっくり返ったのだろうか。ありえないことが起こっている。
続けて[どこのスーパー?]と聞かれて、[駅前のイ○ン]と答えた。文字を入力する指がずっと震えている。
彼が優しいのも迎えに来てくれるのもいつぶりだろう。おかげで今日の夜ご飯に何を作ろうとしていたか、すっかり忘れてしまった。
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