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動かなければ、やられる。
マイカは光膜防御呪文の構えをとった。
「必要ない。まかせろ」
レンが振り返らずに叫んだ。
マイカが一瞬、怯む。その瞬間、ヘルバットの白い牙がレンを襲った。
白い牙が、レンの肩を貫く。その刹那、魔道石が発光した。圧縮魔力が、こんどこそモンスターの巨体をとらえ、轟音と共に壁面に激突させた。一撃必倒の呪文が鳴動する。振動で天井の破片がパラパラ落ちた。ヘルバットは、断末魔の叫び声を発し、動かなくなった。
ふう、とレンが安堵のため息を漏らした。肩からは、二筋の血が流れ、ローブを赤く染めていた。
「先輩!」
マイカが駆け寄った。
レンは荒い息遣いをしながら、「大丈夫だ」と笑顔を浮かべた。
「敵が聴覚をかく乱するなら、直接攻撃をされた瞬間なら場所を外さないと思ってな。わざと急所ではない、肩に噛みつかせて、居場所が分かったところでライトニングを打とうと思ったんだ」
それは、死と隣り合わせの戦術だった。マイカは素早くレンのローブをまくる。特殊合金の鎖帷子に穴が開き、肩には小さな円形の傷口が二つ刻まれていた。
毒でも持っていたら大変だ。マイカは急いで薬草を絞り、傷口に振りかけた。続いて魔力を手のひらに集中させ、治癒魔法をかける。傷口がすっと小さくなり、出血が止まった。
「ライトニング2連発で息が上がるなんて、私も年かな」
レンは軽口をたたく。もう安心だ。マイカも心の中で、安堵のため息をついた。
「助かったよ。さすが深層のモンスターだ。叫び声に人間には不可知な音波を混ぜていたんだろう。それが平衡感覚を狂わせた」
レンがローブをつけ直す。
「さあ、行こう。この先に小さな痕跡魔法がある。目指すものがあるはずだ」
黒い広場を抜けると、急に視界に緑色の光が広がった。壁のそこここに、ヒカリゴケが群している。目をこらすと、床には見たこともない、大きな魔法陣が展開されていた。
魔法陣の中心には、人影がちょこんと座っている。白い服を着た、子供だ。
「たいへん!」
駆け寄ろうとしたマイカの鼻先を、銀のナイフが飛んできて、制した。
「待て。人間をおびき出すため、モンスターが化けているトラップかもしれない」
レンが冷静な口調で話す。
「対呪術魔法、防御魔法を全開にして近寄るんだ」
ここは地下56階層だ。人間の隙をつくモンスターがいても不思議ではない。マイカは魔力を全開にした。最高の防御力を発揮する。ただ、この状態は長くは持たない。帰り道の魔力を温存するためには、手早く片付ける必要がある。
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