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沈降探査師
月が夜空を優しく照らし、星々が黒い空にまたたく。
陽月亭は暖かい雰囲気に満ち溢れていた。
サラダのツンとした香りに、獣脂がこげる匂い。今日一日を平穏無事に過ごした男女の、駆け引きのある会話。
ビールが、ワインが次々と注文され、頬を赤く染めた青年が娘に冗談を飛ばし、中年の女が手あたり次第男を捕まえて他愛もない噂話に興じる。
その一角に、マイカとレンは座っている。
武器の類は自宅に置いてきたが、分厚いローブ姿は変わらない。
目の前には、今にも泣きだしそうな中年の女と、顔全体が皺に覆われた老女が座っていた。
「それでは、リョウ様の思念石から見てみましょう。当然、これが残されたのには理由があります。覚悟はいいですね?」
レンが念を押す。
「今となっては息子の、最後の言葉です。よろしくお願いします」
中年女性が覚悟を決めた顔で、真っすぐにレンとマイカを見た。
マイカは、青色の思念石をこげ茶色の解析機に投じた。
『俺、二十歳の誕生日を迎え、冒険したくなりました。ちょっくら奇絶の穴に
入って、金目の物でも探しに行きます。
何だ、スライムが、ぐっ、息ができない』
青年の今際の際の声が、再生された。
「おそらく、誕生日を迎えて気が大きくなり、穴に入ったのでしょう。近くには木のこん棒が落ちていました。不定形のスライム相手じゃ大して役に立ちません。火炎系呪文でも保有していれば何とかなったのでしょうけれど、ほぼ丸腰では下級モンスターでもやられてしまいます」
レンが極めて事務的に説明した。
「バカな息子だよ」
女性が鼻にハンカチを当てる。
そう、奇絶の穴に入るのは馬鹿者のすることだ。とマイカは思う。そして、自分もその馬鹿者の内に入ることを、改めて実感する。
涙を流し続ける女性から、褒賞の金貨を受け取り、次の顧客の青色の思念石を解析機に投じた。
『マチ、お前の病気を治す薬を探しに行くよ。余命6か月なんて信じられない。今もピンピンしているじゃないか。大丈夫、薬草も解毒草もたっぷりと持った。きっと帰って、
すまん、どうやら無理のようじゃった。残された人生、ワシのことは忘れて楽しく生きてほしい』
「あなた」
老女が泣き崩れる。
「どうして私よりも先に死ぬんですか。どんな痛みだって、死の恐怖だって、あなたさえいれば苦にならなかった。それが、私より先に死ぬなんて」
老女は酒場の喧騒をよそに、思念石に縋りついて号泣した。
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