沈降探査師

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 テラーの町には、『外交的な男は外で仕事し、内向的な女は家庭を守る』という伝統がある。実際、攻撃系呪文の習得は男が優位で、対して女は補助系の呪文の習得が得意という魔力資質の違いがある。  男性優位な社会は、何と言っても、テラーの町を含む王国全体が、女性に参政権を認めていない点にある。そのため、議員、軍司令官、大学教授、王都研究院主席など、主要ポストは全て男性だ。  体格や体力の面からも、女冒険者は男の冒険者よりも苦労しやすい。  男性冒険者からは見下され、家庭に入ったレディー達からは賤業と陰口を叩かれる。  そんな状況下で、家庭に収まるのが体質に合わない女性は、思念石の性質から、穴に潜り、死者の記憶を持ち帰る沈降探査師という職業を見出した。 「ちょっとその辺、葬式みたいな顔して、酒が不味くなるんだよ」  カウンターに座っていた、巨漢でモヒカン頭の男性が、不快そうに大声を上げた。 「わ、私たちはこれで」  男性冒険者がたむろする居酒屋。その雰囲気に慣れていない遺族は、帽子を目深にかぶり、いそいそと退店した。 「姉ちゃん達も、早く出てってくれないかな」  巨漢の男のかげから、魔導士のローブをまとった若い男が加勢する。酒の勢いもあるのだろう。顔が真っ赤だ。 「ちょっと、」  マイカが言い返そうとすると、レンが腕を引いた。 「ああいう連中は無視するに限る。ののしり合いが私たちの仕事ではないでしょう」  黒髪を後ろでまとめ上げた上司は、さも何でもないように話した。整った顔つきを崩すことなく、木製の机に置かれたビールをぐいっと飲んだ。 「沈降探査師(スカベンジャー)ごときがさ、大手をふるって入る店じゃねえんだよ。ここは」  赤髪の男が、二人を見据えてさらに攻撃的な言葉を発した。丈夫な鉄の胸当てをつけている。きっとダイバーだろう。  マイカもレンも、言葉を聞き流した。  沈降探査師は、『死体あさり(スカベンジャー)』と揶揄されることが少なくない。真っ先に未踏の地を探索した先駆者は、ダイバーと呼ばれる。沈降探査師は、ダイバーが何らかの理由で死亡した時、思念石を回収する仕事なのだ。  沈降探査師には、先駆者として希絶の穴に挑んだという栄誉は与えられない。いつも後追いというレッテルが張られる。賤業と目されるもう一つの理由は、不幸にして倒れた先駆者の装備品やアイテムは、『役得』として手に入れることが許されていることだ。  穴の深部に到達するには、沈降探査師も良い装備を持たなければ勤まらない。  それを嫌う者は大勢いる。自分の努力で手に入れることはなく、死者からはぎ取る。ダイバーから見れば、二番手が死体をあさっているように見えるのだろう。  マイカは意図的に思考を閉ざし、鹿肉のシチューを口に入れた。まろやかなシチューに、噛み応えのある肉が煮込まれていて、今日の疲れが吹き飛ぶようだ。    しかし、男達の悪罵が、小さな棘となって心に残った。
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