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希絶の穴は、テラーの町の中心部にぽっかりと穴をあけている。マイカとレンは、悪魔の口のように、暗い岩石で覆われた岩場に向かい、下を見た。
マイカの蹴った小石が、穴に吸い込まれる。だが、反響音は無い。穴の深さがうかがえる。
希絶の穴は、現在判明しているだけで6か所、入口がある。レンは一番降下が難しいルートを選んだ。地形は急峻だが、下の階層に到達するには一番早い。
「ちっ、沈降探査師か」
入口を監視している中年の下級兵士が、露骨に顔をしかめ、地面に唾を吐いた。この程度の侮蔑で怯んでいては仕事にならない。マイカとレンは黙殺し、入口に足を運んだ。
第10階層までは、地理がはっきりとしており、坑道にランプの明かりが灯っている。マイカが先頭に立ち、黒々とした花こう岩を一気に下った。すべすべの材質だ。
モンスターと遭遇しないように、わざと広い道を通ったり、ダイバーが使わないような、寂れた道を選ぶ。沈降捜査師の目的はあくまで思念石の回収で、モンスター征伐でも、宝箱の開封でもない。モンスターに出会うこと自体が、降下を遅らせる障害でしか無いのだ。
「うん、いいね。序盤のルート選びは完璧だ。その件については、推薦状を書く時には盛り込んでやるよ」
レンが太鼓判を押した。
10階層を過ぎると、人の手でかけられた階段や、案内板が極端に少なくなる。
先頭をレンに代わってもらい、マイカ達は沈降を続けた。
「痕跡呪文、忘れてない?」
土埃を立てながら沈降するマイカに、レンが尋ねた。
「大丈夫です。1階につき3点、しっかり残しています」
痕跡呪文とは、自分の位置を知らせるための呪法だ。あまりいい例えでは無いが、犬がマーキングすることと似ている。
痕跡さえ残していれば、例え倒れたとしても次の挑戦者が見つけてくれる可能性が高い。
30階層を過ぎると、空気がよどんできた。壁も粘土層のどろどろしたものに変わり、足取りが重くなる。マイカ達は道すがら、2個の思念石を拾った。
どちらも軽装の若者の死体のそばに落ちていた。冒険初心者が、目的の地にたどり着いたはいいが、戻れなくなったためと思われた。
下の階層に行けば行くほど、飛翔魔法と迷宮脱出魔法の効果が劇的に弱まる。力を過信して潜りすぎると、このような目に遭う。
思念石を、軽重の大袋に放りこむ。ついでに、行き倒れた冒険者が所持していた魔鉱石も大袋に入れた。高値で売れる『役得』だ。
軽重の大袋は、中身の重さをほぼ10分の1にしてくれるが、それでも重いことには変わりがない。マイカは額の汗をぬぐい、張り付いた前髪を手の甲で払った。
「モンスターだ」
レンが叫んだ。
道の中央から、白い胞子が浮き上がり、見る見るうちに大きな赤いかさを持ったお化けキノコに変化してゆく。
血走った目が見開かれ、貪欲そうな唇がにやりと笑う。
マイカは紫電のムチを振りかぶった。複数のお化けキノコに命中し、黄色い雷撃が走る。電撃効果を付与した一撃に、お化けキノコはたじろぎ、後退していった。
「うまいぞ、マイカ。魔法力は温存しないとな」
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