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「結局、武藤さんの稟議、通ったの?」
「予算額25%カットでね。」
ウチではあまり仕事の話はしないようにしているのだけど、このぐらいは許されるかな。
唯相手に25%カットで済んだなんて、さすが武藤さん。彼女のことだから、それも見越して、予算額は見積もってたはずだから、問題なしかな。交渉事で、私が唯と同じ土俵に上がれることは、きっとないだろうけど。
「そう言えば、ランチタイムに女子社員の間で唯のことが話題になってた。」
いかにも今、思い出しましたみたいに、用意していたセリフを口にする。だって、気になるじゃない、唯のリアクションが。
「へぇ、なんて?」
「褒められまくりでした。宮代君は結婚するなら1番の推しだそうです」
「それで秋穂はなんて言ったの?」
「えっと私?」
「秋穂はどう思った?そっちの方が興味がある。」
面白そうにこっちを見てくる唯。
「えっと、それについては、その、ちょっとだけ・・・」
「ちょっとだけ、何?」
「・・・ジェラシーみたいな?」
小さく呟くようなコメントをひとつ返す。
「声が小さくて聞こえないんだけど。」
「もう言いません。」
「ふ~ん、残念。お高いワインがあったんだけど。」
「えっ?」
「珍しいチーズと生ハムも。」
「何それ?飲みたい、食べたい。」
「じゃあ、ちゃんと言って。」
「何を?」
「秋穂の俺への気持ち。」
「う~ん。」
「言わないなら、おあずけ。」
「それはズルい。」
唯とのにらめっこみたいな感じになってしまう。唯は最近では、素面の時でも、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれるようになった。それも毎日のように。でも私はなかなか言えないんだよね。だって、やっぱりハズイでしょ。
にらみ合いの末、負けを認めた私は手を広げた。
「深呼吸でもする気?」
「ハグ。」
それだけ言うと唯が私に近づいて軽く抱きしめてくれたから、耳元で、本音を開陳。
「その・・・ちょっとモヤモヤしたの。」
「へぇ、そうなんだ?」
「唯?」
「何?」
「私、ちゃんと好きだよ、唯のこと。多分とっても。」
「よくできました。」
そう言いながら、子供をあやすように頭を撫でてくるから、強く唯の胸を押した。ちょっと前まであった微かな姉としてのプライドがそうさせる。
「お高いワインとチーズと生ハム。」
「はいはい。」
唯の手の上で、私は今日も躍らせられる。彼は私のお口の端に触れるようなキスをしてキッチンに向かう。
「秋穂、鏡見てみたら?沸騰しそうなくらい顔、真っ赤だから。」
私はきっと唯にはかなわない、これから先もずっと。ここまでくれば、それは確信。
だって彼は昔から出来た弟だったから。
でも今は、こっちからサプライズを仕掛けよう。
「唯、あのさ」
「何?」
「籍、入れようか?」
キッチンでフリーズする唯を視認して、軽くガッツポーズ。たまには私が唯を驚かしてもいいよね?
入籍は少し時間が欲しいと言った私に、ちょっとだけ寂しそうな顔をした唯。でも最近の私は、この生活が続くことを望んでいるみたい。
唯がフリーズしていたのは、一瞬だったらしい。
「じゃあ、記念にシャンパンにする?冷えてるから。」
いつから冷えてたんだよ、と突っ込みたくもなったけど、唯がそごく嬉しそうな顔をしてくれたから、まぁいいか。だって、今夜も私は好きなだけ飲めるわけだし。
「そして今日のディナーはスペシャル価格の5000円で提供しよう。」
「えぇ、お金とるの?」
「シャンパン付きだぞ。そもそも俺の労働単価は高いんだよ。忘れんな」
いつもの会話のキャッチボールにホッとする。
「入籍しても、それ続く?」
「それをお望みなのでは?変えたくないんでしょ?だから5000円」
「そこじゃない。」
そう言いながらも、チーズとシャンパンを持って戻ってきた彼は、さっきよりもずっと強く私を抱きしめる。そう言えば、私、唯に一度もきちんとお支払いしてなかったなぁと思い出し、一体、負債の総額はいくらになってるんだろうと不安になる。
「オルタナティブな支払い方法はいかがですか?」
そんな誘い文句でキスをしてくる唯。本当にもう。
「ちゃんと今回は待てが出来たでしょ?」
偉そうに言う唯は、私だけの出来た旦那様。
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