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家族です
「美味しそうな匂い」
現金な私の胃が「ぐぅ」と条件反射に鳴き始めた。会社帰り、家の玄関を開ければ空腹を刺激してくるこの香り。そのままリビングダイニングに顔をのぞかせた。
「ただいま」
「いいタイミング。秋穂も食べる?シチュー作ったけど」
背中を向けたままの唯仁からそんなお誘いを頂けるなんて、こちらとしては幸せ以外のなにものでもない。
「唯ちゃんが作るご飯をまた食べられるなんて、秋穂、幸せ」
だから私は科を作ってみせたのに。こっち振り向いてくれなかったから、見てもらえなかったか。頑張ったのに。
「ゆいちゃんって、きもっ・・・。そんな昔の呼び方して」
「たまにはいいじゃん?」
「無理。じゃあ、秋ちゃんって呼ぼうか?」
「無理です」
唯仁から「秋ちゃん」なんて呼ばれたことないし。
「しかし秋穂に色気は感じねぇ。夕飯代サラダ付き一食分2000円な」
こちらを振り向いた唯仁は、顎の下で両手をグーにしたお祈りポーズみたいな感じになってる私をシラケた顔で見てきた。すみませんね、色気無くて。
「っていうか、金とるんかい?それにちょっとお高くない?」
「ただで食えると思ってるわけ?そもそも、ちゃんと稼いでる社会人なら労働対価という概念があってしかるべき」
「おっしゃる通りなのですが、歓迎会、送別会などの集金が本日重なりまして。なかなかお金おろせなくて、キャッシュの手持ちが寂しい状態でして。だからですね、家族割とかで、もう少しお安くなると嬉しいなぁって。それともキャッシュレス決済は対応してます?」」
「何バカなこと言ってんだよ。そもそも誰の手作りだと思ってる?俺様の時給を考えたら、出血大サービスのディスカウント価格だろうが。まぁ今回は、つけにしておいてやるよ」
「助かります、唯仁様。感謝、感謝」
今度は本当に拝むように手を胸の前であわせたら、冷ややかに笑われた。
「うぜぇっ。俺、ワイン飲むけど、秋穂どうする?」
「是非ぜひ」
「一杯、1000円」
「マジで高くない?」
ふとエプロン姿の唯仁を正面から見つめてしまった。エプロン姿の大人の男というのも、なんというか、ちょっと萌えって感じですね。弟とはいえ。うん、眼福。唯仁が格好よく見える。こういうのをスパダリとかいうのだろうか?料理する男性もいいなぁ。
「何、ぼーっとしてるの?もしかして俺に見とれてる?」
「いやいや、日本でもエプロン男子もっと増えるといいのになぁって」
「なんかさっきから秋穂の視線がきもいんだけど」
「そんなぁ」
もしかして、見つめすぎた?だって、こんな風にキッチンに立つ男性を真近で見たの、もしかして私の人生初かもだし。
「ワイン、多分いいやつだと思う。取引先からもらったから」
「絶対、一杯じゃ終わりそうにない。飲み放題とかにはなりませんか?」
喉も乾いてるし、結構飲めちゃいそう。
「バカなこと言ってないで、さっさと着替えてくれば?ワインはおごりでいいよ。シチュー、よそっておいてやるから」
唯仁は私から視線をはずすと、またコンロの鍋の方に体の向きを変えた。どうやら、私が唯仁のことをガン見するのに耐えられなくなったらしい。ちょっと見つめ過ぎたかな?
彼の後ろ姿が目に入る。いつからそんなに大きな背中になってたっけ?これはもう、大人の男の人の背中じゃないか。
大きくなったなぁ・・・そんな感慨にふけりながら、私は着替えるために2階の自分の部屋へと向かったのだけど。
「さっさと下りて来いよ。冷めるから」
私の後ろから唯仁の声が追いかけてきた。
なんか昔と同じみたいで、思わずほっこりしてしまう。
階段を昇りながら、顔が少しだけ緩む。我が弟、唯仁は何をやらせても器用にこなす。お互い訳あって、現在実家に二人で暮らしている訳だけど、唯ちゃんが作るご飯はいつも美味しかったからなぁ。私よりはるかに。
10年以上ぶりに一緒に暮らすことに不安もあったけど、今のところ、私達うまくいってるんじゃないかな?
お互いプライベートには一切、口を出さないようにしているし。もちろん、私たちはお互い大人だから。
たとえ、私たちに血のつながりがなくても、私たちは家族だから。
そう、私と唯仁は家族なんだ。
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