家族です

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「しばらくの間、そっちで暮らしてもいいかな?」  久しぶりの実家への連絡がこんなことだなんて、ちょっとどうなのとは思ったけど。 「こっちに、東京に戻ってくるの?」  母から訝し気な質問をあびることになってしまった。 「別に仕事を辞めたとかじゃないから安心して。転勤が決まったんだけど、借りるはずの部屋が上階からの水漏れで引っ越せなくなっちゃって。なんか排水管とか水道工事とか入るらしくて、入居が遅れそうなんだよね」  私だって、今更、実家暮らしを望んだわけではないけれど、いつ入居できるかが明確じゃなくて、ウィークリーのマンションがいいのか、マンスリーのマンションが適切なのか、それともホテルなのかと考えている内に面倒くさくなって、それならと。 「こっちで暮らすのは構わないんだけど、お母さんもお父さんのところに行くことになってね」 「お父さんのとこって、シンガポール?」  私の義父は3か月前から単身赴任をしていた。私と唯仁は既に家を出ていたから、母が父についていこうと、いくまいと私からすればどちらでもいい話なのだけど。 「そうなのよ。だから丁度よかったわ。家をずっと留守にするのもどうなのかと考えてたところなの。貸すのも面倒だし。なんなら、そのまま、ここで暮らしちゃってもいいわよ。ついでだし」  ?何の?よく分からなかったけど、ここで突っ込みを入れて話が長くなるのも面倒だと質問を飲み込んだ。 「そうなんだ。お父さんも海外転勤とか大変だね。宜しく伝えて」  お父さん・・・まぁ、本当の父ではないけどね。父と母はお互い連れ子同士の再婚だったから。 「シンガポールの方にも遊びにくれば?」  それはそれで魅力的なお誘いではありますが。今更、母と長時間一緒に過ごす自信はない。行くとしてもホテルを予約することになるだろうけど。 「休みがあえばね。泊まるとこがあると行きやすいもんね」  私の口は勝手に嘘を紡ぐ。 「お父さん、喜ぶわよ」  お父さん、私の義父、唯仁の父でもある宮代の父は間違いなくいい人だ。血のつながらない私を甘やかし過ぎる訳でもなく、ほったらかすわけでもなく、程よい距離で育ててくれた人だから。  私の本当の父と母の婚姻は、私の小学校お受験が終了したときに正式にエンディングを迎えた。実態はもっとずっと早い段階で破綻していたらしいけど。書類上の正式手続きは、お受験終了後にという受験対策のための大人の判断があったのだと思う。 「なんで、あの人は秋穂が小学校にちゃんと合格したのに戻ってきてくれないの?」  あの時の光景がいまだに忘れられないでいる。母の涙を初めて見たからだろうか。いつも「お勉強」と目くじらをたてていた母しか知らなかったあのの頃の私には衝撃的な出来事だったんだと思う。  私が小学校に無事入学が決まった後、新調した制服を着せられて、「レストランでお食事よ」と久しぶりに晴れ晴れした母の顔を見た私は、純粋に嬉しかった。「よく頑張ったわね」と母に珍しく褒められる日が少しだけ続いていたし。でもそれはほんとに一時的なものだった。そんなおめでたいはずの席にも家を出て行っていた父は現れなかった。  母が一目も憚らず涙する姿に、あの時以来、何も言えなくなってしまったのだと思う。そして、あれから、母の言うことを表立って否定したことは一度もない。母が泣く姿を見るのは一度だけで充分だと思ってしまったから。  その息苦しさから逃げるように大学から私は家を出ていた。
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