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私の学童での唯の印象と言えば、おとなしい頭のいい子で、ちょっと皮肉屋。彼の表情から感情を読み取るのは難しかったから、彼には、好きとか嫌いとかそんな感情をあまり持てなかったのだ。彼は、いつも一人で本を読むような子だったし。だからか、私も彼の隣でよく本を読んでいたと思う。一緒に仲良く遊んだ記憶はないし、何度も言うようだけど、別に仲がいいわけでもなかった。でも二人とも、いつも遅くまで学童で一緒にいることが多かったから、共有した時間だけは長い。それだけ。
そして、あの頃、既に自覚していた。唯に勝てるものと言えば身長ぐらいかもしれないと。実際、私の方が結構、高かった。唯より上かなと思えたのは身長だけだったように思う。一緒に暮らすようになると、勉強だけじゃなく、なぜか家事全般も何もかも彼にかなうものがないことにすぐに気づいた。宿題をやっていても、唯に計算間違いなんかをよく指摘されていたから。
学童の時は彼のことを「ゆい」と呼ばせてもらっていた。母が「唯ちゃん」と呼ぶようになったから、一緒に暮らすようになってそれに倣った。唯はわたしのことを変わらず「あき」と呼んでいた。
学童の先生に紹介されたとき、「二人は同じ年齢ね」と言われたから、すっかり同じ年齢=同じ学年のタメだと思い込んでいた。学校も違ったから、いちいち学年を気にしたことがなかったし。でも私が早生まれで、彼が4月生まれだと知ったとき、学年が一つ私のほうが上である事実にやっと気づいた。そして、こうも思った。そうだ、「お姉さん」と呼んでもらわなければならないのではないかと。だから唯に聞いてみたっもだけど、即却下された。
「実質、1週間しか違わないからよくない?」
「でも学年は私が1つ上だし、やっぱり違うと思う。だから『お姉さん』と呼んでみるのはどう?」
「無理」
交渉を試みてみたけど、学力も家事能力にも長けていた唯だから、どうしたところで実質的な家庭内順位は私より上、つまり関係性は不変という結果。
「僕のほうがなんでも出来るのに、『お姉さん』は絶対無理」
「やっぱり私のことは『あき』呼び?せめて『秋穂ちゃん』とかは?」
「無理。ちゃん付け、きもっ。あきから『唯ちゃん』って呼ばれるの、嫌なんだけど。」
「だってお母さん、そう呼んでるし」
「前みたいに『ゆい』でいい。お母さんはお母さん。だから、僕も、呼び方、『あき』のままにする」
そうやって私のリクエストはあっさりスルーされた。実際、家庭内ヒエラルキー的に私の方が下なのは明らかだったから、まぁ仕方ないかなと思ったのを覚えてる。でも今では気づけば「秋穂」呼びになってるんだよね。いつ、私の呼び方変えたんだろう?記憶にない。
「秋はなんでそんなに不器用なの?」
唯から昔はよく、そうディスられていたような気がする。元々彼はオブラートに包んだ表現をあまり使わない子供だったし。でも「秋穂」と呼ばれるようになるころには、彼からの意地悪な言葉自体は減っていったような気もするかな。もしかして、私という存在をきちんと認めてくれたっていうことなのか?今更、そんな分析をしたところで意味ないけど。
私が大学から関西に行って実家を出てしまって以降は、唯とあまり交流がなくなっていた。たまにお正月にちょっと顔を合わせる程度。それでも私が高校生まで実家にいた時はそこそこ会話があったとは思うのだけど。だから唯の結婚の話を本人からではなく、母から聞いたときは、晴天の霹靂だったな。そう言えば、結婚した後、海外赴任にも行ってたんだっけ?それとももう帰ってきたんだっけ?元気なのかな?
そんなことが気になり始めた実家に帰ることを決めた私は、久しぶりに唯のことをパラパラと思い出していた。今時、年賀状を交換するわけでもなく、だからと言って、メールや電話を頻繁にしあう仲でもないしなぁ。
実家に暫く住まわせてもらうことになった私は、久しぶりに宮代の家での思い出に少しだけ耽ることにした。
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