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「タクシー呼んで、帰ってもらった。御馳走とやらは、なんか食べる気にもならなくて、ゴミ箱行きだったし。彼女が帰った後、すぐに付きまといに迷惑してるって弁護士を通してクレームしたわ。普通に考えれば、不法侵入だろ?それも悪意がかなりある。勝手に鍵のスペア作られたんだぞ。普通に犯罪じゃね?」
「まぁ、確かにちょっと怖いよね。鍵渡した覚えのない人が家にいたら」
「ホラーだわ。それが原因で秋穂が来なくなる方が俺にとってはダメージでかいけど」
まっすぐにこちらを見つめてくる唯の視線が熱い。
「秋穂がその気になるまで待とうと思ってた」
「唯ちゃん、なんか、今日はちょっと飲み過ぎかなぁ?」
「何が唯ちゃんだよ」
「ごめん、唯、私、唯に怒らるの苦手でさ、昔から」
「俺は秋穂に逃げられそうになるが1番嫌」
「唯?」
「いつまで待てばいい?いつまで待てば逃げずに俺のそばにいてくれる?」
「唯?」
「結構、俺、頑張ってると思う」
「それは何となく分かってる」
「何となくかよ?寛一郎さんの件でまた距離とられるのかと思って、ずっとヒヤヒヤしてた」
「あれは私が消化できてないことがあったから。自分の中で気持ちの整理が出来なくて」
「秋穂がなんか拘りまくってるみたいだから、はっきり言わせてもらうけど、寛一郎は美和さんより秋穂の方が好きだったと思うよ」
「いきなり何?そんなの、本当のところなんて分からないじゃん?」
「秋穂そばに置いたら、手放せないだろ?俺分かるし。多分、同じだから」
「唯、やっぱり今日、酔ってるって」
「そもそも35のおっさんが女子大生の秋穂、手に入れて。真っ白な秋穂をだぞ。別れた後も諦めないで、また付き合い始めるくらい、秋穂に執着してたんだろうが」
「唯」
「でも残念ながら寛一郎がどれだけ秋穂のことを想っていたとしても、彼の時間は物理的に途切れちゃったわけ。リアルに存在する俺を超えることは出来ない。だから俺の勝ち。ざまぁだ」
「唯、言い方」
「俺は誰よりも秋穂のそばにいたし、これからも誰よりも秋穂のそばにいる」
「唯さぁ、飲み過ぎだって」
「秋穂が根負けするまで、そばにいるわ。だから、もう逃げ出さないでよ」
そんな切なげな目を私に向けないで。視線を逸らすことも出来ないじゃないか。だから私は唯に質問を投げつける。
「じゃあさ、それでも私が逃げ出したらどうする?」
「帰ってくるまで待つ」
「ハチ公か。それに別に待ってなかったじゃん?大学の時とか」
「帰ってこないの分かったら、さすがに待てないだろ」
「おとなしく待ってたわけでもないくせに」
「秋穂だけ楽しく恋愛はいくらなんでもズルいだろうが?」
「そこそこ宜しく、いろんな女性と付き合ってたって聞いたけど」
「まぁ、お声がけいただければ期待には応えますよ。なんせ、帰ってくるかどうかも分からない秋穂を待つのは辛かったし」
そんなこと言っちゃうんだ。
「唯って私のこと、昔からそんなに好きだった?」
「多分、学童の頃から」
「一目ぼれ?」
「一目ぼれとはちょっと違う。秋穂の様子を見ているうちになんとなく?」
「寛一郎さんにも、バイトで働く姿を気に入ったと言われたような気がする。限りなく一目ぼれって」
「ここでのろけるわけ?まぁ、結構、秋穂って何事にも一生懸命だから。不器用だけど。そこが良かったりするんだろうなぁ」
「不器用が余計」
「そこが可愛いんじゃない?」
「なんだかなぁ。上げたり下げたり。褒められてるとは思えない」
「秋穂の可愛さを冷静に評価している」
「本当かなぁ?」
リミッターを珍しく振り切ったらしい唯は、それからも、しこたま飲みまくり、珍しく私が彼を家に送り届けることになった。
これは珍事だと言えるのでは?
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