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お詫びだそうです
「この前の無作法な行いのお詫びというか、何でも奢らせていただきたく、お時間を頂けないでしょうか?」
そんなメールを唯から頂いたのは、珍しく私が唯を送ったあの飲み会の翌朝だった。そして、その週末には、私がお財布を気にしながら入口をくぐったお高い焼肉屋さんに唯と行くことになりましたとさ。ちゃんちゃん。
勿論、唯からのご招待ですから、お支払いはあちら様。
あの夜、唯が珍しく飲み過ぎた夜は、正直、大変だった。とても深く酔われた唯様に肩を貸し、タクシーに押し込んだら、そのまま私も道連れにされた。
宮代の家に着いて、やっとのことで唯が差し出した新しい鍵で玄関を開ける。鍵をしまう鞄の場所は変えたらしい。玄関を開けたところで私は力尽きた。これ以上の唯を抱えての移動は無理と言う判断。私は、とりあえず唯の靴を脱がせ、転がすように、リビングに置き去りになっていた寝袋に押し込むことにした。玄関はかわいそうだとは思ったけど、とてもじゃないけど、リビングまで連れて行けそうになかったし、2階の唯の部屋なんてミッション・インポッシブル過ぎる。唯は立派な大人の男性に育っておりました。
私の方はと言えば、きちんとシャワーを浴び、唯のベッドを借りることにした。私のベッドはシーツも布団もキレイさっぱり片付けられていたから。ベッドメイキングをするのはしんどすぎた。あの雷の夜の後、寝袋を仕舞いがてら、唯は私の部屋に入ったらしい。さすがに掃除機は定期的にかけることにするという連絡はもらっていた。よっぽど、埃が気になったのか。クローゼットの中にあるというシーツと布団を引っ張り出すのは、あの時の私にはとても重労働に思えてしまった。それならと、持ち主不在のベッドが私を呼んでいた。でも翌日、目を覚ますと、なぜか、すぐ近くには唯の寝顔。シングルのベッドに大人が二人ってかなりギュウギュウなわけで。
「ちょっと起きて。なんで唯がここにいるの?」
「だって俺のベッド」
「寝袋に入れたでしょ?」
「寒くて目が覚めた。あの寝袋、薄いやつだし。風邪ひくわ」
「それしか見当たらなかったんだもん」
「せめて掛布団ぐらいかけろよ」
「酔っ払いのくせに」
「酔っぱらってるふりでもしないと、マジ、秋穂のこと、襲いそうだったから。そうまでして、なげなしの理性で部屋に戻れば、秋穂が気持ちよさそうな寝息たてて熟睡してた。襲わなかった俺を褒めて」
「よくわかんないけど、なんか、ちょっとごめんだけど。それより起きないとヤバいよ、会社」
そう言ってるそばから私を抱きしめてくる唯はまだ夢の中なのか?
「秋穂を抱え込んで目覚めるのっていい感じ」
「起きろ、こら」
「モーニングキスでもしてくれたら起きる。頑張って美味しい朝食も作る」
そんなことを宣われたら、フリーズするじゃないか。
「まぁ秋穂にそんな度胸がないことぐらい承知してますから」
唯にニヤリと笑われた。そこまで言われたら、負けず嫌いな私の変なところに火が付いた。眠気眼の唯の唇めがけて、キスをお見舞いしてやりましたよ。どうだ?
「マジで?」
「さっさと起きて。唯、約束したよね?朝食、それも美味しい朝食」
「もっかい」
「あるかぁ」
起き上がろうとしたところで肩を押された。
「秋穂の不意打ちには毎回勝てないよな。でも今度は真剣勝負でいくから」
そういいながら、唯が私の頭を押さえる。近づく顔。
「目ぐらい閉じて」
逃げられないと覚悟して、きつく目を閉じた。一度唇に触れただけのキスはすぐ離れたのに、ためらいのないキスがどんどん深くなっていく。さすがにマズい。朝ですよ、朝。膝で唯を思いっきりキックしてやりましたよ。
唯が怯んだ隙に起き上がる。
「お安い女と一緒にするな、バカ」
慌てて唯の部屋から飛び出した私に唯の声が追いかけてくる。
「素面のとき、ちゃんと言うから。だから今度はちゃんと言わせて」
さっきまでとは違う、ちょっと切なそうな声が聞こえてきた。
「私は今のままの関係性も捨てがたい」
これはこれで私の本音だ。
「今の関係性は変えなくていい。ただ、中味を少し変えさせて」
何を変えたいの?とは聞けずに、私はそのまま会社に向かってしまった。
玄関を飛び出したところで気づく。あぁ、美味しい朝食、食べ損ねた。唯の嘘つき。作ってくれるって言ったのに。
そしてふと青空を見上げるとお腹が鳴った。今日も私は食いしん坊らしい。
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