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結婚式の下見だ、ドレスを予約したと、来栖さんは偉そうに言っていたけど、要はビジネス展開の一環だったということがその後間もなく判明した。
彼の野望はどこまで広がっていくのか。
ウェディング・シミュレーションと称して、アプリをインストールして自分の写真をデータ保存しておけば、ドレスの着せ替えだの、式場での式の様子などが仮想世界で体験できるのだ。そのビジネスモデル構築のためにいろんな式場巡りをしていたらしい。それが式場とかドレスの下見の本当の理由。まぁ、ついでに、予約もいれておいてくれたのは本当らしい。来栖さん曰く、秋穂が1番気に入ったみたいという式場だという。これはさっさとプロポーズしてOKもらわないことには、格好がつかないじゃないか。さり気に来栖社長はせっかちらしい。
あの後も普通に秋穂とは飲みに行ったし。お詫びの定番となった焼肉屋から始まり、週1の食事会兼飲み会はマスト的な展開。秋穂の警戒レベルが少しずつ下がっていく程度に距離を詰める。関係性は劇的には変えない。
その日は週末で、ランチに出かけたついでに、「行きたいところがあるんだけど」と言ってみれば、秋穂は何の疑いもなく「いいよ」と軽く答えてくれた。そんな彼女だったけど、ジュエリー業界ではトップブランドと言われる、いかにもお高そうな路面店のエントランス前で俺が立ち止まった時はちょっと驚いた顔をしていた。一応、お店には事前に予約はいれておいたから問題はなしと。
「行きたいとこって、ここ?ねぇ、ここ、メンズとかあまり置いてないんじゃないかな」
小さな声で耳打ちする秋穂はスルー。
「そのぐらい分かってるって。秋穂の指輪が見たいんだって」
「指輪?なんで?何かよく分かんないけど、ここの、すっごい高いらしいよ」
「だから、そのくらい俺だって分かってる。でも、俺、ジュエリーデザインとか、全く出来ないから、世の中の、世俗的なブランド力で勝負することにした」
「なんの勝負?」
「寛一郎に負けないくらいの指輪を選びたいんだ。秋穂に贈りたい」
そういえば、秋穂は軽くフリーズ状態だ。それでも油が切れそうな機械みたいな動きで俺の方を見上げた秋穂は最後の抵抗を試みる。
「えっと、私に贈る指輪ってことでいいの?だとすると、いきなり過ぎないかな?なんかいろいろステップ飛ばしているような気がする」
「懸案事項の指輪から片付けていこうと決めました」
「懸案事項なの?」
及び腰になっているらしい秋穂の腕をすかさず確保した。そのまま秋穂をショップの中に連行だ。
カードの限度額は確認済だし、ここなら秋穂を納得させるくらいの指輪はあるだろう。見栄くらい張らさせて欲しい。渋る秋穂にデザイン性の高そうな指輪をいくつか見せてもらう。最初は渋っていた秋穂も、やっぱり女子で。「指輪は実際嵌めてみると印象変わりますし。試されますか?」というスタッフさんの自然なセールストークに思わず頷いてしまったらしい秋穂。これならプレゼントが出来そうだと内心でガッツポーズ。でも秋穂は、なかなかOKを出してくれない。すったもんだの末、これならと秋穂が了承したのは想定外の地味目なデザイン。
「値段は気にしなくていいって言ったじゃないか」
「違うって。これなら普段でも出来そうかなって。いつもしてられる指輪がいいかなって」
モジモジと答える秋穂がすごく新鮮だ。
「いつもしてくれるわけ?」
店員がいなくなったところで、秋穂と小声でやりとり。
「シンプルなものの方が飽きないっていうし。その・・・これは気に入ったかも」
「それならいいけど」
寛一郎から贈られたリングは結局、どっかの美術館に貸しだすことにするらしい。来栖さんから「指輪、そろそろ返そうか?」と聞かれた秋穂は「まだいいです」と答えて、指輪に触れることはなかったという。指輪それ自体は一応なんかのコンクールで受賞した作品だし、展示させてくれないかというような、その手の話はいくつか秋穂のところにもきていたみたいだった。もう少し、年月が経って、いろんなことが秋穂の思い出として消化できた頃に、「一度、嵌めてみたいな」とは言っていたらしい。ということは、現時点では、寛一郎のことは、まだ思い出にはなってはいないって結論になるんだけど。だから寛一郎の指輪を秋穂が嵌める前に、どうしてもリングを贈りたかった。
「この指輪に決めてもいいかな?」
「別に俺に許可とらなくてもいいでしょ?」
ちょっと不貞腐れたような声が出たのは勘弁してほしい。悔しいけど、寛一郎デザインの指輪は素人目にもなかなかで、秋穂に似合う気がしていたから。あれに敵うだけのリングは見つけられなかったという結末が残念で。
「あのね、寛一郎さんのことは忘れることは出来ないと思うんだけど」
「別に忘れろとまでは言うつもりはないけど」
そうは言いながらも、いつか忘れてほしいとも思う。俺との思い出で秋穂のメモリーをいっぱいにして。どうせ、俺は物分かりのいい大人の男にはなれそうにないのだから。
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