亡命者の極秘データ

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ビシッと黒スーツで決め、白のマスクをした部下風の男性は重そうなアタッシェケースを机の上に慎重に置き、留め金具をパチンパチンと開けると、ケースを開いて中身を見せた。中には札束がビッシリと整列されている。この国のお金には詳しくないが、恐らく全て1万円札だろう。 「1億円あります」 もう1人の、上司風の男性が堂々と話す。こちらも黒スーツに白のマスクで、ネクタイをしておらず、2人共ホストのような雰囲気だ。 私はC国の元幹部。もちろん、祖国に骨を埋めるつもりで国のトップに命を捧げてきたつもりだったが、ほんの些細な噂話で失墜した。恐らく謀反を疑われたのだろう。 クビを命じられ、その後、私が暗殺される可能性まで浮上した為、逃げるように日本へ亡命してきた。英語程ではないが、日本語も多少話す事が出来る。 恋愛でも何でもそうだが、信用してきた人に裏切られた時の憎悪が計り知れないという事は誰しも経験があるだろう。しかも、私は核爆弾の開発に関わっていたのだ。当時は愛国心から正しい事だと考えていたが、亡命した今、冷静に考えて馬鹿な行為だったと反省している。私はC国の核開発に関する極秘データを日本人に売りつける事を決意した。少しでも世界平和の役に立てば幸いだ。露骨に事実のみを伝えてしまうと、捜しだされて殺されてしまう可能性もある為、小説という形で文章に納めた。これならば、いざという時に、フィクションだったと言い訳も出来るだろう。 別に大金である必要もなかったのだが、あまりにも安い金額だと逆にお互いを信用できない。情報を拡散できる程の財力も必要だろう。1億円……こちらが準備した極秘情報の質を考えると少し安いが、裏取引だと考えると充分過ぎる額だ。もちろん、世に出せないお金なので、彼らも裏の人間だというのは間違いない。 私はポケットからメモリーカードを取り出し、テーブルに置くと、上司風の男性が「ありがとうございます」と会釈をしながら取り、ノートパソコンに挿してタッチパッドを触りながらモニターを眺める。私は緊張している事を悟られないよう、出されたコーヒーを自然に飲みながら彼らの作業を待つ。私はアタッシェケースを数秒間見つめた後、部屋全体を見渡した。50㎡程度の広さに長机が2つ、くっ付けられていて、キャスター付きの椅子が6脚ある。あとはプロジェクターらしき物とスクリーン。彼らの事務所と言うにはあまりに殺風景だ。今の時代、ノートパソコンだけあれば問題ないとは言え、毎日使うオフィスなら、もう少し何らかの物が置かれているだろう。今日の為に、どこかの会議室を借りたのだろうか? 上司風の男性は、しばらくパソコンで確認作業をした後、タバコを吸いに行くと告げ、パソコンを持って2人共部屋を出ていった。 私は、少し体調が悪くなってきたようで頭がボーッとしてきた。ふと気付くと、彼らが部屋を出てからかなりの時間が過ぎている。タバコ休憩にしては少し長いし、私へ支払ったとは言え、1億円を置きっぱなしというのは不用心だなと、ふとアタッシェケースを見た時、嫌な違和感が頭を(よぎ)った。人間としてのプライドなのか良心なのか、お金を確認する事が低俗という認識で、彼らが部屋を出た後もアタッシェケースの中を確認していなかったが、『偽札』という二文字がちらついたのだ。私は手際よくアタッシェケースを開け、1万円札を凝視する。日本のお金に詳しくは無いが、一見、偽札では無いように見える。私は無作為に1枚を抜き取り、透かしを確認した。……無い!透かしが無い!騙された! 私はアタッシェケースを置きっぱなしにして部屋を飛び出した。だが、彼らの車なんて見ていないし、そもそも、車で来たのかどうかも分からない。辺りを一通り見回した後、私は諦めざるをえなかった。元々、彼らを信用などしてはいなかったが、彼らの用意した場所なので、そのまま逃げるとは考えてもいなかった。 会議室に戻り椅子に座った私は、しばらくアタッシェケースを呆然と眺めた後、眠気に襲われ、机に突っ伏してゆっくりと目を閉じた。
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