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1.儀式
ひゅうひゅうと泣くは風の声か。
朝に夕に響くその声に慰められながら過ごす日々。だが年に一度、このときだけ山貴はこの声以外の声に胸を沸き立たせることができる。
遠くより近づいてくるのは笛のしょうとした音、鼓を打つ音。高く低く、祝詞を唱える人の声。ざくり、ざくり。輿を担ぎ、一歩一歩、歩を踏みしめて近づいてくる重みを思わせる足音。
そうしてやがて見えてくるのは、十数名の人の列。
きらびやかに飾り立てられた輿は御簾に覆われ、中の様子を窺い見ることはできない。その輿を挟むようにして複数人の姿が見える。
祝詞を上げつつ歩み続ける神官が輿の担ぎ手の前、列の先頭に、輿の後ろに笛吹と鼓うちが、さらにその後ろには一抱えもありそうな甕を抱えた男数人、米俵を結び付けた牛を引く牛飼いが、と続く。
彼らは一様に無駄口を利かぬまま山道を辿り、やがて山の最奥、山貴が身を潜めた大きな洞の前で足を止めた。洞の入り口に張られた注連縄が通り過ぎた砂交じりの風に、ふるり、と揺れた。
神官が洞の正面に立ち、ひとしきり祝詞を上げる。耳障りなだみ声に顔をしかめ、山貴はそっと洞の奧から彼らの様子を窺う。
ぱさり、ぱさり、と神官の手に握られた幣が振られる。眩しい白が目を焼き、山貴は思わず顔を逸らした。だが、洞に山貴がいることなど気づきもしないままに祝詞は上げられ続け、喉が枯れるほどに神官が叫びきったところで、行列はしずしずと戻っていった。
豪奢に飾り付けられた輿をぽつねん、と残したまま。
鳥の声と風の音だけが空気を染める。しばらく注視していたが、輿からは誰も出て来る気配がない。山貴は鈍くため息を落とし、ゆっくりと洞の奧から歩み出た。
ずるり、ずるりと足を引きずり近づくと、御簾越し、ぼんやりと透けてみえていた人影が大きく身を震わせるのがわかった。
「出て来い」
低くしゃがれた声で呼びかけるが輿からは誰も降りてこない。まあそれも仕方あるまいと山貴は荒々しく息を吐き、垂れ下がった御簾を力任せに引きちぎった。中にいたのは、白打掛を頭からかぶった若い、娘。
ふうわりと白梅の香りが鼻先をくすぐった。
山貴の身の内で血潮が粟立った。長く伸びた爪を有した節くれだった手を娘に向かって伸ばしたそのとき。
ぎらり、とした銀色が山貴の視界で閃いた。慌てて飛びのいた山貴の目の前で、娘が頭からかぶっていた打掛をぱさりと振り払う。
「お前が、山貴……?」
蝶の羽のように地へ落ちた打掛の向こうから若い男の声が驚きを纏いながら投げかけられ、山貴は唇をゆがめた。
「なにを驚いている」
低く問うと、武人と思われるその男は油断なく刀を構えたまま、戸惑いを隠せぬ様子で呟いた。
「これが、神……?」
男の切っ先が躊躇いからかゆらりと揺れた。
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