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「私には息子がいた」
「え?」
「18のときに生んだ息子がいたの」
「それは……驚きだな。どんな子だった?」
「あんたとは正反対。いつもおどおどしてて、母親の私にさえ怯えているような子……」
「……虐待してたのか?」
「するわけないでしょ」
「でもいいじゃないか。俺みたいな子供に育ったら……あんた泣かされてたぜ?」
「泣かされてもいい。自殺するくらいなら」
その告白を聞いて、犬嶋は何も言わずに寄り添ってくれた。
私の肩を抱いて、体温を交換する。
「……いじめか?」
「うん」
「なんでいじめられた?」
「私の仕事。風俗嬢ってことがバレたみたいでね」
「そうか……」
「私はこの仕事しか知らない。若い頃から……男に孕まされて私は産んだわ。どうしても産みたかったの、自分の子を。父親もいないから私が稼がなきゃって思って……どんどんきつい仕事にも手を出すようになった……私は母親だから、あの子にみじめな暮らしだけはさせたくなかった。だから頑張ったのよ……朝も夜も働いて、帰ったら眠る……ただ金のことだけ考えて働いた」
「それは……よくねぇな」
「ええ。余裕がなかったせいもあって私は気づけなかった。息子を真っ直ぐ見てあげられなかった。あの子が学校で酷い目に遭ってることにも……気づけなかった」
私は涙を流していた。
犬嶋は拭いてくれない。
ただ抱く力を強めるだけ……
「あの子が死んだのは13歳のとき。小学校の卒業式に出て、私は誇らしかった。私の息子が……こんなにも立派になったことに。でも浮かれていたのは私だけ、幸せだったのは私だけ……あの子は思いつめていた。中学でも私の噂は広がって……そして……」
「……アコさんは悪くない」
「慰めなんていらない。分かるでしょ?もうあれから何年も経った。男に癒しを求めても……あんたと同じよ。あの子の顔がちらつくの。だから長続きもしない。それどころか私は自分を責めた。あの子が死んだのに、どうして私だけ助かろうとしてるのかって。全部私が悪いの。言い訳せずにまっとうな仕事をやっていたら……貧乏でもあの子と一緒に過ごせていたら……こんな未来になっていなかったはずよ」
「……そうだな。息子さんは死んでなかったかもしれない」
「ええ」
「でも愛があった。それは分かってるはずだ。あんたを恨んではいないよ。息子ってのは……母親が大好きだ」
犬嶋は私の体を強く抱きしめた。
私の細い体が壊れてしまうほどに……
私は抱きしめ返した。
この子に負けないほどの強い力で……
「頭……撫でてくれないか?」
「ええ」
私が頭を撫でると、犬嶋は湿った頬を私の頬に擦り付けてきた。
彼も今泣いているんだ。
「ごめんな……あんたも辛いのに」
「いいのよ。甘えていいの……」
「俺のお母さんは死んだ。俺がまだ小学生の頃に」
「うん……」
「あの人はいつも俺のそばにいてくれた。いいことをしたら褒めてくれたし、悪いことをしたら叱ってくれた。俺は小さい頃から誰よりも優秀でな、先生も親父すらも俺を……特別扱いしてた。そんな世界が窮屈でな、期待されて俺は押しつぶされそうだった」
「お母さんだけは違ったのね?」
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