イケメンな彼女

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 硬い動きで歩いてきたハチはベンチの前に立つと、真剣な表情で俺を見つめた。そして勢いよく頭を下げた。 「女だって隠してて、騙して傷つけてごめんなさい」  きれいに九十度の角度で頭を下げたまま動かない。いざ、こうもまっすぐに謝られるとなんと返せばいいのか迷う。  もういい、気にしてない。気づかなかった俺も悪い。そう返せばいいのに、なんだかしっくりこない。  返事に迷っているとハチの頭が目に入った。ハチの方が背が高いから、初めてつむじを見る。こんな所まで綺麗なのかとどうでもいい発見をした。 「……僕、まじめに謝ってるんだけど」  無意識のうちにそのつむじを押していたらしい。少し頭を上げた八王子から恨みがましい視線を向けられる。 「つい。でも、これでチャラな。俺のほうこそ避けて悪かったよ」  自然に言葉が出た。俺もこれまでの態度を謝ると、ハチから安堵したような息がもれる。もう先ほどまでの硬い空気は無くなっていた。 「隣、座ってもいい?」 「おう」  ハチが隣に座る。お互いの熱が感じ取れるぐらいの距離。今までは当たり前だったのに、なんだか変に意識してしまう。どぎまぎしている俺とは対照的に、ハチはリラックスした様子だ。   「許してくれなかったらどうしようかと思った。本気で怒らせたと思ったもん」 「悪かったって。俺も結構パニックになってたんだよ。でも、普段のお前だったら勘違いをしてるって分かったらすぐに言いそうなのに、なんで黙ってたんだ? 難波達の賭けも興味ないだろうし」  この際だと思い、溜まっていた疑問を吐き出した。先程の難波の意味深な言葉の真相が気になったというのもある。  ハチは俺をじっとりとした目で見てくる。俺が思わずたじろぐと大きなため息を吐いた。 「女だって分かったら思い出すかと思ったのに、まだなんだね」 「思い出すって何を?」  心当たりがない俺が眉根を寄せると、眼前に指を突き付けられた。  「僕が黙ってたのは、アキが僕のこときれいさっぱり忘れてたから! ……悔しかったんだ。僕は一緒のクラスになれたってすごく嬉しかったのに」 「俺のこと前から知ってたのか? でも俺達が最初に会ったのは入学式の日だろ?」 「違うよ」  ハチは否定するが、こんなに印象に残るヤツに会っていて覚えていないはずがない。どう記憶をひっくり返してもこの顔を見た覚えはなかった。俺のこの反応は想定内なのだろうハチがふっと笑った。 「高校入試の日に会ったの覚えてない?」 「入試の日……」 「この中庭のベンチ」  鈍い反応を返した俺に、ヒントのように単語が追加される。  その言葉に女子の姿が浮かんだ。長い前髪に隠れて顔をよく見ていなかったが、まさか。
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