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「あのっ。話の腰を折ってすみません。わたしも一つ、ご報告があって。多分、少しは今のお話に関係があるように思います」
「まあ、セリアーナも? 教えてちょうだいな」
四つの目がわたしに向けられて、ドキドキしながら話を始める。
「今日、実はその。また嫌がらせに遭いまして。薬草学の教科書が燃やされてしまったんです」
「なっ、なんだって!? ひ、ひどいやつだ」
「可哀相なセリアーナ。参観日を狙うなんて、なんて悪質なんでしょう」
わたしの言葉に二人とも血相を変えた。
「ごめんなさい殿下。教科書がだめになってしまって」
「いっ、いいんだよ、そんなことは。いくらでもまた新しいものを用意するから。それより辛かったでしょう、セリアーナ嬢。えっ、もしかしてその指の怪我は、嫌がらせと関係があるのかな?」
殿下の視線はわたしの手に釘付けだった。焼却炉で火傷をして、水ぶくれができた醜い指。
慌てて隠すと、殿下はすぐさま自分の鞄から絆創膏を取り出した。
「こっ、これ。僕のが嫌でなければ、使ってほしい。傷が化膿したら大変だから……」
「すっ、すみません。絆創膏を持っていない公爵令嬢なんて、笑えますよね」
「そんなことないよ。セリアーナ嬢は新しい環境でよく頑張っていると思う。あっ、ごめんね。偉そうな言い方をしてしまって……」
「そんなことありません! 親切なお言葉に感謝いたします」
殿下の染み入るような優しい声に、涙腺が緩みそうになる。
王子様なのだから、偉そうじゃなくて偉いのに。殿下はどこまでも思いやりがある。
いただいた絆創膏をゆっくりと指先に回すと、じんじんとした痛みがすっと軽くなった気がした。
――それに。彼の言う通り、今日は学園に入ってから一番辛くて惨めな気持ちを味わった。絶望したままで終わらなかったのは、助けに来てくれた友達のおかげだ。
「えと、話にはまだ続きがあるんです」
というか、まだ本題にも行きついていない。
「教科書が燃えてしまって困っていたところに、アン様が来てくれたんです。ご自分にはお兄様の教材があるからとおっしゃって、ご自分の教材を貸してくださったおかげで助かりました」
「ゴズリン男爵令嬢ね。素晴らしいわ。セリアーナにも、そのようなご友人がね……」
感動したという表情でコルネリア様は目元をハンカチで拭った。
こそばゆい気持ちになりながら先を続ける。
「彼女が貸してくれた教科書に、このようなものが挟まっていました」
ソファの脇に置いた鞄から一枚のカードを取り出す。数行のメッセージを書くときに使うような、小さなものだ。
コルネリア様に渡すと、裏と表を見て不思議そうな顔をする。
「……? 何も書かれていないわね」
「はい。わたくしも最初は意味を理解できなかったのですが。カードの柄をよくご覧になってみてください」
ヘンドリック殿下も遠慮がちに身を乗り出してカードを眺める。
そして、二人はほとんど同時に息を呑んだ。
「「薔薇の柄……!」」
薔薇の別名はローズ。
アン様がわざわざ教科書にカードを挟み、その柄は薔薇。――これはきっと、偶然ではないはずだ。
彼女に嫌がらせを指示していた黒幕がローズ様だということを暗示しているのではないだろうか。
言葉にして伝えるのは、いつ誰が耳をそばだてているか分からないから怖かったのかもしれない。その点、何も書かれていないただのメッセージカードであれば、何かの拍子にバレても偶然だという主張ができる。
――アン様は、勇気を出してくださったのだ。
コルネリア様は考え込むような表情をみせる。
「やっぱりローズ嬢だったのね。ただの嫉妬であれば話は単純だけれど、お父上の侯爵様の件もありますし、ちょっと動きが気になるわね」
「そっ、そうだね。また何かしてくる可能性もあるし、十分に気をつけて」
「はい。わかりました」
心配そうな殿下。わたしは努めて明るい声で返事をした。
授業参観も終わったし、またパトロールをしてローズ様の周辺を探ってみようかしら。
――侯爵家の不審な動きについて、このときのわたしたちはまだ軽く考えていたと言わざるを得ない。
話題はいつの間にか他愛もないものに移り、不穏な気持ちは勉強詰めだった日々からの解放感で上塗りされていったのだった。
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