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“『もしコルネリア様に何か不幸が起こったら、自分は絶対に味方になろう』
まあまず、そんな事態にはならないだろうけど――。”
――ところが、なんとその万が一が勃発してしまったのである。
それは冬学期の最終日のことだった。休み前の全校集会の場にて、突如ステージに上がった第一王子ユージーン殿下は高らかに叫んだ。
「コルネリア・ジャレット嬢! そなたとの婚約はこの場を以て破棄させてもらう! そして俺は新たにこのマルゲッタ嬢と婚約することを、この場で宣言する!」
ざわり、と一気にどよめく生徒たち。なぜならユージーン殿下の腕には、コルネリア様ではない女性の腕が絡んでいたからだ。
ピンク色の柔らかそうな髪に、うるうるとした水分量多めの瞳。あの方は確か、自分と同じ一年生のマルゲッタ男爵令嬢ではなかっただろうか。妾の子供で平民だったけれど、諸事情により男爵の父に引き取られたということは、情報弱者の自分でさえ知っていた。
マルゲッタ様は怯えた表情で殿下の腕にすがっているものの、それが演技であるということは一目でわかった。なぜならわたしには、たいそう演技が上手いミアという妹がいるからである。
「……恐れながら、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
(こっ、コルネリア様っ!!)
粛とした態度でコルネリア様が前に進み出る。推しの大ピンチに、わたしの拳にも自然と汗が滲んでいた。
ユージーン殿下は、淑女然とした立居振舞を崩さないコルネリア様を鼻で笑った。
「ふん。しらを切るつもりか? 平民上がりということを理由にして、マルゲッタに陰湿な嫌がらせをしていたことは調査済みだ。よって、そなたに国母になる資格はないと判断した」
「誤解でございます。そのようなことは致しておりません。そもそもマルゲッタ嬢とは学年も違いますし、接点がございません」
冷静に進言するけれど、二人の世界に入っているユージーン殿下とマルゲッタ嬢にはまるで届いていないように見えた。
「……怖いですけれど、証拠を言えとおっしゃるならば、あたし、証言いたしますわ」
熟れた果実のようにぷっくりとした唇から、甘ったるい声が漏れる。
「無理するな、マルゲッタ。心の傷が癒えていないだろう」
「ううん。殿下との未来のために、あたしも強くならなきゃだめ。……二週間前の、雪の降った日のことですわ。放課後、コルネリア様があたしの教室で教科書を破いているところを目撃してしまったの。他にも――――」
言い終わるとマルゲッタ様はよよよと泣き崩れ、レースのハンカチで目を抑えた。殿下はくっと唇を噛んで彼女の肩を抱き寄せる。
場の空気は二人に傾いていた。マルゲッタ様は大根役者だけれど、彼女の芝居はどこか煽情的で、妙に皆の同情を誘った。終始毅然としているコルネリア様は、不運なことに、その態度がかえって傲慢に映ってしまっていたのだ。
(ちょっと! みんな、あんな猿芝居に騙されてしまうわけ!? 自分とご友人の証言が証拠ですって? そんなの、いくらでも捏造できるじゃないの)
全校生徒の前で突然始まった婚約破棄騒動。
気丈に振る舞っていたコルネリア様の顔がだんだんと青ざめていく。平静を装っているものの、細いお腕は小刻みに震えていた。
いつも凛としている推しが見せた、初めての負の感情。不安や悲しみ、混乱といったものを必死に抑えようとしている姿を目の当たりにして、ぎゅうっと胸が締め付けられた。
そして、気がついたらわたしは思いっきり叫んでいた。
「コルネリア様は無実ですわ! なぜなら先々週、雪の降った火曜には、放課後ずっと図書室におられましたもの!」
一斉に自分に目が向けられる。
『誰だこの地味な生徒は?』という視線が全身を貫いていくけど、必死でコルネリア様の無実を訴える。
「他の日だって! コルネリア様はいつだって図書室におられましたわ。王太子妃になるために、いつもいつも勤勉に自習をされておられるのです。国母の器じゃないなんて、あんまりです!」
突然叫び出したわたしに対して、殿下は白けた視線を向けた。
「戯言を。おい、誰かあやつをつまみ出せ。まったく、ブスの癖に出しゃばるなよ。そのようなことをして目立っても、俺の心はマルゲッタのものだ。浅はかだな」
「ほんとうにコルネリア様はやっていません! ちょっと……、離して! 痛いってば――――」
ユージーン殿下の取り巻きに引きずられて、わたしは集会場から強制退場させられた。
閉まるドアの向こうで最後に見えたのは、涙を浮かべたコルネリア様の悲しそうな表情だった。
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