3万分の1の君

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「ごめんください…」  ドアスコープを覗くと女の子が立っていた。茶髪のショートカットにオレンジ色のメッシュが入った活発そうな美少女。もちろん、俺にそんな知り合いはいない。 「どちらさまですか?」 「貴方に助けていただいた猫です」  猫だって?  そういえば先日、道端で三毛猫に飯を分けたような記憶がある。合コンからの帰り道。ろくな出逢いもなく、ただただ酔っ払った帰り道。色々と怪しくもあるが、相手は華奢な少女だ。とりあえず、扉を開ける。 「恩返しに参りました」  少女は黒のミニスカートに白シャツに茶色のカーディガンを羽織っていた。ミニスカートから伸びる足は白くて細い。足元はハイカットのコンバース。高校生?俺、もしかしてやばい勧誘されてるのか?  彼女はじっと俺を見つめる。黒目がちな大きな二重の瞳は少しだけつり目で、モロタイプ過ぎた。不可解な部分はあるが、下心が勝っていた。抱きしめてみたい。初対面の相手に何を考えているんだ俺は。彼女のつむじを見つめてその衝動に耐えた。髪の根元は長く染めるのを怠った時みたいに黒かった。 「ミケと呼んでください」  彼女が猫撫で声でそう言った。  それから、三毛猫のミケと俺は一緒に暮らし始めた。  ミケは炊事洗濯掃除など家事全般を粛々とこなし、時々、猫みたいに丸くなって寝ていた。ふっくらとあどけない白い頬に柔らかそうな髪の毛がかかっている。小さなピンク色の唇からすーすーと寝息が漏れていた。俺は必死に理性を保った。  一週間ほどたったある夜、俺が寝ていると彼女が俺の上にいた。  ついにきた!!俺は興奮した。ごくりと唾を飲む。覆い被さってきたミケの右手の爪が、かぎ爪のように伸びていた。俺は身の危険を感じてその手首を掴みミケをベットにうつ伏せに押さえつける。 「ミケちゃん?なんで…」  ミケは俺の股間を思い切り蹴り上げた。 「ウッ‼︎‼︎」  俺が床に転がって悶絶する前にミケは仁王立ちする。爪がギラリと光る。 「俺はあんたに復讐しにきたのさ。この爪で、あんたを殺してやる…!!」 「俺?お前、男なのか!!?」  ミケが俺の肩に足を置き、仰向けに転がす。 「ああ、俺は雄の三毛猫だよ」  ミケは俺の喉元に爪を突きつけた。今まさに殺されそうになっていることよりも、俺の妄想がガラガラと音を立てて崩れ落ちた衝撃で俺は叫んでいた。 「騙された!!!!」 「騙したのは…あんたの方じゃないか…」  見下ろしてくるミケがぽつりと言う。俺はミケの顔を見上げた。泣いていた。 「…俺のこと飼ってくれるって…俺、ずっと待ってたんだよ…?」  ぽたぽたと、涙が降ってくる。  そうだ、俺は酔っ払っていて、帰り道で猫に餌をやって…あんまり可愛かったからつい、飼ってやるって言ったんだ…俺のアパート、ペット飼えないのに…  ミケはぽつぽつと話してくれた。話によると、猫の姿の時、ミケは息絶えていた。その魂に目をつけたナニかによって人間の姿となり、俺に復讐しに来たらしい。 「…ごめんな」  ミケは俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。そして、そのまま眠ってしまった。  俺はミケの頭を撫でる。想像していた通りの柔らかな猫っ毛だけど、男だと思うと変な気分にはならない。というか、仮にこいつが女でも、そんな気分になれそうにない。  そのまま天井を見上げながらミケを人間にして俺に復讐する力を与えたナニかとはなんだろうかと考えていた。    翌日、俺は久しぶりに台所に立っていた。とはいっても、料理は作れない。ホットミルクを作り、コーヒーを淹れて、ベット横のテーブルに運ぶ。泣きはらした顔のミケが座って俯いている。 「はい、ミルク」  俺の渡したカップをミケはちらりと見る。ちょっと無視してからおずおずと受け取った。 「あち」  ミケがゆっくりゆっくりホットミルクを飲むのを見ながら朝のコーヒーを飲んだ。  ミケがマグカップを置いてぼそりと「俺、出てってた方がいいでしょ…」と言った。俺は頭をかく。  窓の外、青空に飛行機雲が真っ直ぐに線を描いていた。 「俺のせいで成仏できずにこんなことになってしまったのは…悪かったと思う…」 「ん…」 「だから…」  俺が言い終わらないうちにミケはすくっと立ち上がり俺を見下ろして言った。 「俺がちゃんと成仏できるように手伝ってくれる?」  それは、なんだかとても悲しい約束のように思った。だから、首を振って答えた。 「最期まで生きていけるように、手伝うよ」  ミケはちょっと驚いた顔をしてからそっぽを向いた。肩が震えてる。泣き虫な猫だ。 「次、騙したら許さないからな!」 「うん」
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