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高木美可(たかぎみか)が通う病院の窓からは、市民公園の敷地内にある桜並木がよく見える。 満開の桜を、暗澹とした心持ちで眺めるのも、今年でもう4年目。 仕事と治療を両立して、今度こそはと期待して、結果に落胆するの繰り返し。 いつまで、この生活を続けなきゃいけないんだろう。 「謙太(けんた)、お待たせ」 病院の1階に入っているコーヒーショップの前で夫と落ちあい、飲み物をテイクアウトして市民公園でお茶して帰るのが、通院時のお約束だ。 芝生広場にあるベンチに座り、桜を眺めながらふたりは飲み物に口をつける。 抱っこ紐で赤ちゃんを抱えながら、桜並木の下を歩く母親。 芝生広場で遊ぶ親子。 歓声をあげながら走りまわる子どもたち。 美可はぽつりと呟いた。 「……赤ちゃん、だめだった。ごめんね」 「謝らなくていいよ。誰のせいでもないんだから」 今度こそは、そう思ったけれど。 産婦人科の診察で、流産と告げられた。 「わたしね、結婚したら妊娠、出産するのが当たり前だって思ってた。だから不妊治療もがんばってきた」 がんばれば、いつか報われる。 ずっとそう信じてきたけれど。 「だけどもう……疲れたよ。可愛い赤ちゃんや子どもを見るたびに、苦しくなる」 抱っこ紐で母親に抱えられた赤ちゃんも。 歓声をあげながら走りまわる子どもたちも。 綺麗な桜も。 ぜんぶぜんぶ、嫌いになりそうなくらいに。 「……なあ、美可。疲れて苦しいなら、もうやめよう」 うつむいた美可の肩を、謙太は優しく抱く。 「俺は、ふたり一緒に暮らしたいから結婚したんだ。だから美可には笑顔でいて欲しいと思ってる」 「……謙太」 「うん」 「もう、やめたい。……やめていい?」 「……うん。いいよ」 はらはら、はらはら。 桜の花びらが散る。 謙太の胸に顔を埋めた美可は、声を押し殺して泣いた。
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