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「実家ってことは跡継ぐんだ。」
直人さんが優しい笑顔で聞いた。
モテるんだろうなぁ。
こんなちょっとした振る舞いでさえ思わせる。
「いつかは…って。今、私はカフェの方を担当してて…和菓子は幼馴染がやってくれてますけど。」
女性陣が一瞬ピリッとした。
「へぇ〜。信頼できる従業員もいるし安泰だね。」
どうやら思った方向に話は進まず、話は別の方へと盛り上がって行った。
良かった。
杏は心の中で安堵した。
なんとなくそこには、触れられたくない部分があったから。
それなのに……
「あんたは作んないの?」
その言葉は触れられたく無い部分のど真ん中、核心をぶん殴って来た。
隣の盛り上がりとは別に、どこかぽそりと静かに落とされたその言葉は、杏の耳にちゃんと届いた。
杏の周りの人達が、ずっと避けて言葉にしなかった言葉だと思う。
そのたった一言は、ボディーブローのように効いて、杏の心をぐらりと揺らした。
顔を上げるとその人は、鋭い眼差しでこちらを見ていた。
初めて、目が合った。
「…私は…今ちょっと…」
どうにか絞り出すように、杏はぼそぼそと口の中で答えた。
隣の賑わいと、レストランの食器の音が嫌に大きく響いて聞こえた。
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