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それでも信号はまだ変わらなくて、相手がまた何か言ってくるのを塞ぐ為に杏は言葉を探した。
それはレストランで感じた違和感と、頭の中に沸き起こった言ってやりたかった言葉が形になった。
どうせもう会うことも無いんだ。
全部ぶつけてやる。
相手だってやって来たんだ。
やられっぱなしで帰ってやるもんか。
「…お金を稼ぐ為だけに会社を起こしたって言ってましたけど、お金のためだけに働いてない人だっているんです。
昔からの思いを受け継いだり、楽しみにしてくださるお客様を大事に思ったり…。
あなたには……分からないと思いますけど。」
言ってやった。
けど相手は顔色ひとつ変えずにこちらを見ていた。
「それに私だって、幼馴染に丸投げするんじゃなくて…作れるものなら自分の手で作りたいですよ。」
あぁ、ダメダメダメ…
話し始めた言葉は止まらなかった。
このムカつく人がスイッチになって、今までずっと誰にも言えずに押さえ込んでいた気持ちが言葉となっていく。
それは私の中で凝り固まった、心の中に詰まった大きな鉛。
「残されたレシピを元に再現して、作っても作っても覚えてる味と違って…
食べるほどに、作るはずの味が分からなくなりそうで…だんだん怖くなって…。
今では道具すら握れない。
…そんなことだって…あるんです。
あなたが言ったことは正しい。
けど…人にはいろんな事情があると思います。
もうちょっと言い方ってものがあるんじゃ無いんですか。」
信号の色が変わった。
「もうお会いすることも無いと思いますし、関係ありませんけど。」
杏はもう金輪際会うことは無いだろうと、言いたいことを言い切って、横断歩道を渡ってやった。
彼はもう、着いては来なかった。
心につかえていた鉛玉を思いっきり投げ飛ばしてやった気がした。
私だってへらへらして見せてるけど、悩みが無いわけじゃないんだから。
何にも知らない癖に、土足でズカズカ人の心をめちゃくちゃにして。
杏は力任せにズカズカと肩で風を切って歩いた。
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