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深夜の作業場は孤独と不安を掻き立てる。
けど今日の杏は手を止めなかった。
まずは通年のもの。
一種類ごとに完成していく菓子。
震えていた手も、いざ形作る時には震えを無くした。
どこを触れば、菓子がどんな顔つきに変わるか分かる。そこには恐れなどが立ち入る隙は無かった。触れ方次第で菓子の顔が決まる。そこには静寂の水面のような緊張感。繊細な力加減が求められる。
そしてお目当ての春の練り切りと向き合う時、手のひらに嫌な汗をかいた。
それでも杏は作ることをやめなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか?
全てが出揃い
ふ〜。と一息ついて、菓子をひとつずつ確認する。
見栄えも、うん、大丈夫。
味は?うん、大丈夫。
そして問題の練り切りを口に入れる。
杏の表情が消え、春の練り切りだけ、全てゴミ箱へと捨てた。
それでも、菓子が作れた自信は大きかった。
最初の位置に戻って来ただけなのに、少しだけ誇らしくさえ思えた。
今日は階段を登る足音が軽い。
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