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耳触りのいい話
居心地悪く西田純一はソファに腰を下ろした。
対面には北関東を中心に90店舗以上を展開する外食チェーン会社の社長、太川泰造が腰掛けている。50代前半ながら未だ若々しい精力の滾りを感じさせる男だった。
「自宅に足を運ばせて悪かったね」
「いえ、このような機会をいただき、大変嬉しく思っています」
心にもない言葉。
正直、上司の指示がなければアポすら取ろうとしなかった。コストカッター……ケチと有名な人物である太川とは縁が無いだろうと未だに思う。
なぜなら、西田はイノベテック(株)東日本営業所に所属して、高額な召使ロボットを売る営業職だったからだ。
イノベテックはロボットの開発・製造・販売を行う企業だ。3年前に販売を開始した召使ロボットが海外の富裕層を中心に売上を伸ばしつつあるものの、ニッチな製品であるため知る人ぞ知る中小メーカーでしかない。
「おたくの召使ロボット、随分評判いいじゃないか」
「おかげ様で最新型のエルゴEMは、国内でも40体ほどが稼働し、ご好評をいただいております」
「そいつをさ。ウチの店に入れられないかと思っとるんだ」
「え」
西田は耳を疑った。「マジか」という言葉を喉元で止め、表面の平静を貫く。
実はこの状況、今までに何度か経験している。
性能と評判を聞きつけ、商談は発生するものの、9割は価格を伝えた途端に立ち消える経験。
「お店というと社長の飲食店に、ですか?」
「うん。最初は10店舗ほどで様子見しながらだがね」
「10体ほどご入用ということでしょうか」
「まあ、取り敢えず。で、いくらぐらい?」
あ、ダメだ、と西田は腹を括る。
こんな家電みたいな感覚で話をする客ほど、値段を聞いた途端に尻込む。
「諸経費含めると10体で税込み2億9千万円ほどになります。2年単位の保守プランへのご加入もお勧めしており……」
西田は鞄からパンフレットを出すフリをして、太川から視線を逸らす。
怒声に備えて身構えるが、返ってきた声に拍子抜けする。
「ふーん、やっぱり高いな。1体、2千9百万か。で、耐用年数は?」
「え? ええと。最長で8年を想定しております」
「年収4百万円で人を8年雇うより、まあ安いか」
「あ、ありがとうございます! 召使ロボットとご案内しておりますが、ソフトウェアの切り替えで、飲食店の接客業務にも対応可能と考えておりまして。ただ、納品時期につきましては、本社に確認してからの回答とさせていただきたく」
「いやいや。まだ買うと言っとらんだろう」
前のめり気味な西田を宥めるように太川は笑った。
「と、言いますと……」
「いきなり接客は任せられんと言っとるんだ」
「では疑似店舗でのテスト稼働をご希望ということでしょうか」
「いやいや。俺は自分の目で確かめたいクチでね」
「はぁ」
太川の意図を図りかね、西田は間抜けな返事をしてしまう。
「今週の土曜から二週間ほど、その召使ロボットをウチに寄越してくれんか。俺が直々にテストするんだ。尤も、おたくのロボットはかなりのモノと聞いているから、最終確認みたいなものかもしれんがね」
「承知いたしました。であれば、営業所にデモ機が1体ございますので、今週の土曜にお持ち致します」
西田はスマホで予定表を確認しながら、今期の成績トップを飾る自分を夢想していた。
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