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キッチンへと向かう後ろ姿をあんぐりと見送った太川はようやく東雲に顔を向けた。
「呼び寄せる時、何と呼べばいい?」
「初期設定で『エルゴ』との呼び名に反応致しますが、変更も可能です」
「どうすれば?」
「エルゴEMの前に立ち『命令、呼び名変更』と言った後に、お好きな呼び名を言えば、変更できます」
一瞬、太川が唇の端を吊り上げた笑みが東雲の視界に入ったが、視線を西田へと外しながら説明を続ける。
「あとは……エルゴEMの充電ベース設置位置として、差し支えなければ寝室近くの廊下をご提案したいですが、いかがでしょう?」
「寝室? ここではいかんのかね」
「ユーザーが眠りに入る時間を見計らってエルゴEMは自動で充電に入るのですが、夜間のご用に応えるために都合が良いのは寝室の近く……という理由がございまして」
「ああ、なるほど。二階の突き当りの部屋がそうだから適当に頼むよ」
「承知しました」
東雲の目配せに西田は頷き、持ってきたダンボールから充電ベースを取り出すと「失礼します」と言って客間から出ていった。
「最後にレンタル契約の締結をお願いしたく、テーブルをお借りしても?」
「レンタル? そんな話、聞いとらんぞ。まさか金とる気か?」
突然の不機嫌にも東雲は慌てることなく笑顔を作る。
「いえ、弊社機器を貸し出すための契約を取り交わす必要があるのです。本来ならば、その契約のなかでレンタル料を頂戴することになっておりますが、今回は購入を前提としたお試しということで、私の裁量で無料とさせていただきます」
「なんだ、最初にそれを言いなさいよ」
太川は笑顔に戻り、東雲にソファを勧めた。
ソファーテーブルに数枚の書面を並べ終えると同時にエルゴEMが盆を手に戻ってきた。
「お待たせ致しましタ」
東雲は電子音声に応じることなく、契約書の文面を読み上げ始めた。
しかし、太川の視線は給仕をする無機質な人型に向けられたままだった。太川が説明に興味を持ったのは終盤、個人情報の取り扱いについての段だった。
「確かに契約終了と共に消してもらえるんだね?」
「はい。引き上げ時にエルゴEMの記憶域からご契約者様の個人情報は全て消去致します」
「そうか。なら、安心だ。ウチにある高価な品の所在なぞが流出したら、強盗のいい標的さ。はっはっはっ」
「弊社はサイバーセキュリティ面でも適切な対応を行っています。ご安心ください」
豪快に笑う太川に東雲もニコリと応じて、その後は滞りなく説明を終える。太川から数ヶ所の押印を貰うと締め括るように広げていた書類をまとめあげる。
「ご説明は以上となりますが、何かご質問等はございますか?」
「いや、無いね」
満足げな太川の様子を見て、客間の端で控えるように立つ人型に「エルゴ」と声をかける。すぐに「はイ」と返事があり、しずしずとした足取りで近づいてくる。
「お呼びでしょうカ」
「命令、契約者モードへ移行」
「……移行しましタ。ご契約者様は太川泰造様、でス」
「只今からレンタル開始となります」
東雲は立ち上がるとソファ脇で太川に向き直り、深々と頭を下げた。
「それでは二週間後にまたお伺い致します。何卒、宜しくお願い致します」
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