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2週間後の審判
*
帰りの営業車でハンドルを握った西田の表情は暗いままだった。
「そんな顔するなよ。太川社長がタダ乗り企んでるとは限らないだろ」
「でも。90万円すよ」
「ま、その辺は俺が本社と掛け合うから」
西田の溜息に東雲は苦笑する。
「そうだ。今夜、酒井も誘って飲みに行くか。お前が行きたがっていた合法の生レバーを出す店に連れてってやるから」
「……」
「驕ってやるから」
「……マジすか、所長」
東雲は調子のいい西田に笑みを向け、肩にグーパンを押し付ける。
ようやく表情が和らいだ部下から視線を外し、ざらざらと引っ掛かり始めたアゴをさすった。
「仮に下心があっても、エルゴの性能を知れば、社長の気も変わるだろうさ」
***
二週間後の土曜日。
東雲と西田が太川社長宅を訪問すると、応対したのは家政婦らしい中年女性だった。
また、先日通された客間ではなく、太川の書斎に案内される。
豪華なレザーチェアに腰掛けた太川が、書類やファイルを広げたデスクに前のめりでノートパソコンと向かい合っていた。また、雑多な書籍が並ぶ本棚の脇に置き物のようにエルゴEMが立っているのが見えた。
老眼鏡通さず見るために、太川は上目遣いで東雲達を迎えた。
「ご苦労さん。今日は客間を家内が使っていてね。昨晩、二週間ぶりに海外旅行から帰ってきたばかりなのに全く忙しない奴さ」
「今日は家政婦の方もいらっしゃいましたね」
「ああ。休暇が欲しいと言うから、家内の旅行に合わせてな」
「なるほど、折よくエルゴEMをお試しいただけたわけですね」
「うん、まあそうなるかな」
太川の表情を推し量り、東雲は調度品に溶け込む立ち姿を見遣った。
「こうしてお側に在る様子から、テストは良好と見ましたが、いかがでしたでしょう?」
「良かったよ」
素っ気ない一言ながら、不安げだった西田の表情に生色が戻る。
「名残惜しいが、まずは返そうか。個人情報の消去など諸々な作業があるのだろう?」
「確かに。西田は充電ベースの撤収を頼む」
西田は「分かりました」と答え、書斎を出て行く。
すっかり軽くなった足取りをチラリ見て、東雲は浮かぶ笑みを噛み潰すと身動ぎせぬ人型に顔を向けた。
「エルゴ、こちらへ」
「……はイ」
テンポのズレた返答後、エルゴEMは東雲の前へとやってきた。
「命令、契約者モードを終了」
「……終了しましタ。保守モードに移行しましタ」
「命令、契約者情報を消去」
「…………全記憶域からご契約者様とご家族の情報を消去しましタ」
この直後、東雲は自身に向けられていた視線が外されたことを視界の隅で知る。
最初から注意をしていなければ、見過ごすほどの微かな所作。
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