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「只今を以って、レンタルは終了。同時にご契約者様の情報も消去させていただきました」
「ん。それでさ。やっぱり止めるよ。ウチの店でのロボット導入」
だろうなと東雲は思った。
西田が聞いていたら真っ青になっていただろう、とも思う。
「左様でございますか。理由をお聞きしても?」
「そうねぇ……なんていうかなぁ。何事も綺麗にこなすんだけどさ、人の温かみを感じないっていうか。やっぱさ、接客には人間味が大事って、俺思うのよ」
「なるほど、参考になります」
神妙に頷く東雲に、太川は見下す視線を投げ掛けて、声と胸を張る。
「こんな意見出したの俺が初めてでしょ? 他の外食やってる大手さんは導入試験すら二の足踏んだらしいからさ。レンタル代を払うどころか、謝礼がもらえるくらいのモニターをやってあげちゃったってことになるんじゃない?」
「貴重なご意見かと存じます。早速、そのご意見を添え、エルゴEMの記憶域に残る稼働情報を解析するよう技術部門に伝えます」
満足げだった太川の表情が凍りつく。
「おい待て。さっき、これの記憶は消しただろ」
「はい。ご契約者様の個人情報は先ほど確かに消去しました。しかし、エルゴEM自体の稼働情報……太川社長とそのご家族や家財に関する以外の情報は全て残っております。解析に不都合は」
声を荒げ「聞いとらんぞ!」と凄む太川を東雲は平然と受け止めた。
「いえ、ご説明しております。必要ならば、エルゴEMが記憶する契約時の動画をお見せできます。超高性能なカメラとマイクを搭載しておりますので、ご納得いただけるかと」
温和な表情。その目が不意に細まる。
「更に補足致しますと、お試しいただいた二週間の間、太川家と関わりの無い方が訪れたとして、そこで交わされた会話、なされた行為なども、全て記憶されていることになります」
目と口が僅かに皮肉で歪んだ。
「例えるなら、廊下にいても寝室の声を拾い漏らさぬほど。それはもう、鮮明に」
「な、な、消、消せ! プライバシーの侵害だ! 全部消せ!」
「できかねます。弊社製品の性能向上に利用させていただく契約です。なに、ご心配は無用です。この情報は責任をもって弊社でお預かり致します。決して、ご契約者、並びにそのご家族様以外にお伝えすることはありません」
「家族!?」
素っ頓狂な声をあげた太川を無視して東雲はエルゴに目を向ける。
「客間の皆様への声掛けを頼む。『東雲が説明をしたい』と言えば奥様には伝わるから」
「承知いたしましタ」
「待て、待て! 家内? 何の事だ!?」
太川の声に応えることなく、エルゴEMはしなやかな歩調で書斎を出て行ってしまう。代わりに東雲が口を開く。
「本日の訪問前に確認のお電話を入れた際、たまたま奥様が電話口に。用向きをお伝えしたところ、エルゴEMに興味を持たれて是非説明を、と仰られまして」
「な、」
「あっと……エルゴの呼び名を元に戻してから、行かせるべきだったか」
独り言にしては密やかではない東雲の声。
落ち着きを失いつつある太川は別のことを咎めた。
「よ、呼び名? 何の話……」
「お恥ずかしい話、あれのソフトウェアの一部に不備……バグがありまして。ご契約者様の情報にエルゴEMの呼び名が含まれていないのです」
「え、え!?」
「元に戻すためには、エルゴEMに呼び名を名乗らせる必要がありますが、まあ、これは奥様の前で、ご説明がてら行っても良いでしょう」
「いッや、そそれは」
「何か?」
「そ、そうだ。東雲君、あのロボットを1体購入しようじゃないか。試してみて、実に良い機械だと思っていたんだ。あ、後で言うつもりだったんだ。どうだ、いいだろ? 呼び名の事を伏せて家内に説明してくれんかね。あと、残った記憶のことでも相談がある」
東雲は渇いた笑みを浮かべた。
「1体? ご冗談でしょう。当初のお約束は何体でしたっけ?」
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