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凱旋の車内にて
***
未だ興奮冷めやらぬ様子で西田はハンドルを操っている。
「いやぁーホント良かったっ! まさか太川社長が30体も購入してくれるなんて!」
「だから言ったろ。エルゴの性能を知れば、社長の気が変わるって」
「それにしても、ですよ! 当初の3倍なんて。よほど響いたんですねぇ」
東雲は車窓に顔を向け、喜色を溢れ出す西田から表情を隠した。
「ま、少しだけ奥様の力を借りたけどね」
「なんすかそれ……あ、コンビニ寄っていいすか? 喉渇いちゃって」
「君、興奮し過ぎ」
コンビニの駐車場に車を停めた西田からの「何か買ってきますか?」という問い掛けに首を横に振り、東雲は車内に一人残った。
ポキポキと鳴る肩を動かし、背後に向かって声を張る。
「命令、呼び名確認」
「……アヤコ、でス」
東雲は荷台から聞こえてきた返答に失笑した。
実家が資産家の女と結婚した男。
自身の成功が義両親の力に由ると理解するならば、自ずと家庭内の力関係は決まる。そんな男が妻の居ぬ間に、振る舞いが大胆になるのも、ささやかな意趣返しを企むのも、仕方の無いことかもしれない。
そして。
普段は出来ぬ横柄な口調で、妻の名を呼び、命令するのは、さぞ快絶だったことだろう。
「命令、呼び名初期化」
「……初期化しましタ」
約束通り、慰みの跡を消した東雲は小さく溜息をついた。
売った以上は太川を満足させる責任を負ったのだ。
これから忙しくなる。
納品計画の立案や調整、各店舗での稼働や保守の提案など、やるべきことは山積み。更には見込みありとはいえ飲食業における耐用年数の問題もある。
ただ、東雲は信じていた。だからこそ、自然と口を突いた言葉だった。
「ま、今後も頼むよ相棒」
「はイ。こちらこソ。沢山売ってネ」
思わぬ返答に吹き出す。
こういう所に神経を使う連中だからこそ、こんな飛び抜けたモノを作り上げられたのだろうと東雲は一人笑った。
おわり
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