第一章 一番にはなれない私

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「これは、前向きな後悔なので。 あ、後悔なのに前向きなんておかしいですよね」 自嘲してグラスを持ち上げたが空だったと気づき、テーブルに戻す。 きっと、こんなふうにヤケになって好きでもない部長に抱かれたことを、次に恋をしたときに後悔するだろう。 でも、それで割り切って一歩でも前に進めれば、この後悔は無駄じゃない。 だから、後悔したっていいのだ。 「……わかりました」 頷いた部長が、グラスに残っていたお酒をひと息に飲み干す。 「じゃあ、行きましょうか」 促すように彼が立ち上がるので、私も荷物をまとめてそれに続いた。 お店を出て部長がタクシーを拾う。 一緒に乗り込み、窓の外を流れていく光をぼーっと見ていた。 富士野部長もずっと黙っている。 十五分ほど走って降りたのは、モダンな一軒家の前だった。 「ここ……」 「私の家です」 ……富士野部長って何者? そんな疑問が浮かんでくる。 白壁が美しい家は〝豪邸〟という言葉がぴったりだ。 確かに部長で私なんかよりはずっとお給料をもらっているだろう。 しかしうちの会社は二流の飲料メーカー。 社長の「いつか、高級スポーツカーを買いたい」との自虐ネタはもはや鉄板だ。 いや、買えないほど儲かっていないわけではないんだけれど。
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