第一章 一番にはなれない私

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かといって自分のマンションの部屋でひとりきりになるのも嫌で、適当に飲めそうなイタリアンのお店に入った。 「――紀藤(きとう)さん?」 店員に席に案内される途中、声をかけられてそちらへ目を向ける。 そこには上司の富士野部長がいた。 「おひとりですか?」 「ええ、まあ」 曖昧な笑みで答える。 それでなにかを感じとったのか、彼は黒縁ハーフリムの眼鏡の下で僅かに眉を寄せた。 「よかったら一緒にどうですか?」 さりげなく、部長が席を勧めてくれる。 「ええっと……じゃあ」 上司から誘われると断りづらい。 それにひとり淋しく飲むと今日は悪酔いしそうな気がして、その誘いに乗った。 メニューを受け取り、カシスソーダとサラダを頼んだ。 「今日はなにかあったんですか?」 これはなにか私を心配して聞いているのかと一瞬思ったが、ただ単にドレス姿だからとすぐに気づいた。 「姉の結婚式、で」 「そうですか。 それはおめでとうございます」 「ありがとうございます」 祝いの言葉を、頭を下げて受ける。 そのタイミングで頼んだお酒が出てきた。 一口飲んで、喉を潤す。 「富士野部長こそ休日なのにスーツなんて、お仕事だったんですか」 私は飲料メーカーに勤めている。
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