第一章 一番にはなれない私

6/25
643人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
ルートセールスなら土日も仕事だが、営業部なので基本カレンダーどおりの休みだ。 まあ、営業社員はそうはいかないみたいだけれど。 「……まあ、ね」 歯切れの悪い返事はなんとなく誤魔化されたように感じたが、気のせいだろうか。 適当に話しながら飲んでサラダを摘まむ。 「そういえば眼鏡、違うんですね」 「え? ああ」 確認するかのように部長が眼鏡に触れる。 いつもは銀縁オーバル眼鏡の彼だが、今日は黒メタルのハーフリムだった。 「気分転換ですよ」 微妙な笑みを浮かべ、彼がワインを口に運ぶ。 三十二歳で部長なんてエリートなのに、富士野部長は年下の部下にも敬語で物腰が柔らかく、陰で私たちは〝ジェントル〟と呼んで慕っていた。 緩くオールバックにした髪と、優しげな目もとが紳士を思わせるからというのが理由だ。 しかし今日の彼は眼鏡が違うからか、シャープな印象を与えた。 「そういう紀藤さんもドレスアップすると、いつもと印象違いますね」 「そうですか?」 今日はスモーキーピンクの、ロング丈ワンピースを着ていた。 髪も会社よりも華やかにアップにしてある。 当然、メイクだって。 会社では無難な白ブラウスにパステルのフレアスカート、髪はいつもひとつ括りなんて私とは当然ながら違うだろう。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!