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「好きになったのはたぶん、私のほうが先だったと思います。
でも、彼は姉しか見てなかった。
諦めようと思うのに、彼はいい人だから私にも優しくしてくれるんですよ。
そんなの、ますます諦められなくなるじゃないですか」
一方的に語る私の話を、富士野部長は黙って聞いている。
下がった視界に見えるのは織りでストライプの入った臙脂のネクタイで、彼がどんな顔をしているかなんてわからない。
「あ、別に姉を恨んでいるとかないんですよ。
ふたりには幸せになってほしいと思っています。
でもこれで、完全に吹っ切らないといけないな、って」
浮かんできた涙が落ちないように顔を上げると、レンズ越しに富士野部長と目があった。
じっと私を見つめる黒い瞳は、悲しんでいるように見えた。
「紀藤さんは優しいんですね」
伸びてきた手の指が、そっと私の目尻を撫でる。
「自分はこんなに傷ついているのに、お姉さんとその男の幸せを願うなんて」
離れていく手を、ただ黙って見ていた。
眼鏡の向こうから私を見る目は、目尻が僅かに下がっている。
それに――心臓が甘く、とくんと鼓動した。
「えっ、あっ、……そんな」
一気に酔いが回ったかのように、顔がみるみる熱を持つ。
きっと真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、俯いてもそもそと野菜を口に突っ込んだ。
たぶん、部長は私に同情して慰めてくれているんだと思う。
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