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扉が閉まるや否や
私は、あっという間に着替えが済んでいた。
お城で働いているであろうメイドが2人
私が何をするでもなく
着替えからメイクからヘアセットまで
全てを迅速にこなしていた。
「歩実様は、お時間までこちらでお待ちください。」
仕事が終わったメイドが早々に立ち去る。
残された1人の私。
鏡に映る違和感の私。
「これが、私…」
まるで、ドラマで見た結婚式みたいな
ウェディングドレスにしか見えないドレスに
ご丁寧にヴェールまで付いている。
白い手袋を直しながら
皺がつかないように立ち上がる。
………
お父さんとお母さんは
今頃何しているんだろう。
私はこれから
何をするのだろう。
私は
この後…
「歩実様、大変お待たせ致しました。では、こちらへ。」
車を運転した執事が手を差し出したのは
入った扉と反対側の扉だった。
「え?お父さんとお母さんは?」
「大丈夫です。行けばわかります。」
執事は頭を上げることなく言葉を発する。
私は言われるがまま、扉のノブに手をかける。
…
あれ
一歩一歩
進んでいく度に
胸の鼓動が苦しくなる。
…
お城に着いてドレスに着替えて
これから夢のような時間を
大好きなお父さんとお母さんと
私の記念すべき日を迎えるはずなのに
なんで
おかしい
なんで
どうして
…
なんで
…
お父さん
どこ
お母さん
どこ
…
いるんだよね
お父さん
いるよね
お母さん
…
助けて
お父さん
助けて
お母さ…
バンッ!!
パパパパーン
パパパパーン
パパパンパパパン
パパパンパパパン
パパパパーン
そこはコンサートホールのようだった。
大勢の観客と
舞台に並ぶ
私と同年代くらいの女性たち。
全員が私と同じように
真っ白なドレスを着ている。
気づけば
執事に促されるまま
私もその端に並ばされる。
盛大なファンファーレが鳴り止み
司会と思わしき、仮面の男性がマイクを握る。
「レディースアーンドジェントルメーン!紳士淑女の皆様、大変お待たせ致しました。これより、裏フィアンセオークションを開催致します!」
怒号にも似た観客たちの盛り上がりが
私たちの不安を増幅させる。
よく見てみると
観客たちを含めて、ここにいる人たちのほとんどが仮面をしていた。
「それでは、早速エントリーナンバー1番!久々津歩実様!」
淡々と進行する司会の言葉と共に
私にスポットライトが当たる。
眩しい。熱い。
「それでは、歩実様を育てられた、調教師のお二人にも、アピールポイントをプレゼンして頂きましょう!」
司会が指を差した舞台袖から
スーツ姿の2人が出てきた。
「お父さん!お母さん!これってどういう…」
「え〜、私たちが育てました歩実ですが…礼儀作法や食事バランスは勿論、一切反抗期等もなく育て上げました。さらに、交友関係もあまりなく、不純異性交遊に関しましても、神に誓ってないことを、ここに宣言致します!」
会場にいる観客たちが沸き上がる。
まるで、餌を待ちきれない雛鳥のように
我よ我よと乗り出し気味に食いついてくる。
「お母さん、これって一体なんなの?何か凄く怖い雰囲気だし…こんな冗談やめて早く家に帰ろうよ。」
「歩実。今まで黙っていたけど、私たち、あなたのお父さんでもお母さんでも何でもないの。あなたを育てるために、身寄りのないあなたを引き取った、ただの調教師なのよ。あなたが無事に18歳を迎えて、このオークションに良い状態で出品するために、あなたの親を演じてただけなのよ。」
「嘘!嘘だよ!?だって!お父さんもお母さんも、私にずっと優しくしてくれたもん!私をいい子だって、言うこと全部聞いてきたもん!」
「そう。あなたは、私たちの言うことを素直に聞いてくれたわね。本当に、いい子に育ったわ。だからこうして、とっても高値で売れるのよ。」
「嘘だよね!ねえお父さん!お父さんも何か言って!」
「歩実。私たちは今まで、一度も自分たちのことを、『お父さん』とも『お母さん』とも、言ってないぞ。お前が、ただ勝手に、私たちを父親母親だと思っていただけだ。だが、そのおかげで、こんなにいい子に育ってくれたよ。」
「そんなっ…そん…うそ…だっ…て…わ、わた…わたし…」
「大丈夫。今度は、高値で落札されることで、今まで育てた分の親孝行を、私たちに返してくれればいいから。まあ、親孝行というと、ちょっと違うかもしれんが。」
「歩実なら大丈夫よ。きっと、ここにいらっしゃる方々が、これから沢山可愛がってくださるもの。」
「お金持ちで、将来の不安もなく、これからの幸せも約束されている。なあに、少しだけ早めに結婚生活という、大人の階段を昇るだけさ。大丈夫。ここに並んでいる娘さんたちも、歩実と同じなんだから。」
満面の笑みの2人を他所に
ステージ上からは生気が消えていく。
「それでは、久々津歩実様の入札開始価格は5千万円から!スターーートです!!!」
高らかに宣言される始まりの合図。
もう、私には照明に目を開けている力もない。
盛り上がる歓声。
はしゃぐ隣の大人たち。
流れた涙が頬を伝いながら消えていく。
…
あぁ
私って
私の人生って
本物じゃなかったんだ。
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