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「由香さんは、夫の部下です」
彼女がショルダーバッグの中から取り出した分厚い封筒。
見てほしいと俺に手渡してきた。
嫌な予感しかしない。
ため息のような深呼吸をし、封筒を開けた。
中には何十枚もの写真が入っている。
覚悟を決めて、それを手にして息をのむ。
――確かに由香だった。
俺の知らない笑顔で、知らない町で、知らない男と腕を組んでいるのは俺の嫁のはず。
それは、朝だったり昼だったり、夜のホテル街だったり。
親密そうな二人の姿を見て持つ手が震えた。
同じ大学の同級生だった彼女とは四年の時に付き合って、お互い社会人四年目に結婚した。
結婚してまだ二年、子供もいない俺たちは、家事も分担し互いのことを思いやって生活してきたはずだった。
愛してる、夕べだって愛し合ったというのに――。
「動揺させてしまい、申し訳ございません」
立ちすくんだまま写真を凝視し、黙ってしまった俺の手に彼女が触れて、その温もりでようやく現実のざわめきや色が戻ってきた気がした。
「大丈夫ですか?」
俺の目頭に彼女がハンカチをあててくれて、自分が泣いていることに気づく。
「同じでした、私も。初めて知った時、あなたと同じ顔をしていたと思います」
ああ、そうか。
俺たちは同じ立場なのだろう。
寝取られる側の辛さ、リアルに吐き出すこともままならなくて、わかってくれる人など探す労力も無くなる。
現に今、俺は立っているのがやっとだ。
彼女だって泣きながら、それでも俺を気遣ってくれていた。
少し落ち着いてきた頃、人目が気になって近くの公園に移動し彼女の話をもう少し聞くことにした。
公園にしたのは、居酒屋やファミレス、カフェなどでする話ではない、そんな気がしたからだ。
途中のコンビニで互いにコーヒーを買い、一人分の間を開けてベンチに腰掛けた。
「青木さんは、いつから気がついてらしたんですか? 二人のことに」
「……一年半ほど前でしょうか、由香さんが異動して主人の部下になった頃」
噛みしめた唇が痛い。
確かにその頃、由香は新しい部署に異動した。
さっき写真で見た青木さんのご主人、つまりは由香の浮気相手は体育会系の俺とは違うタイプの人だった。
眼鏡の痩せ型、大人しそうな、でも隙の無い出来る上司と見受けた。
一見冷たそうで、なのに由香に向けたえ顔は、優しそうだった。
自分と似たようなタイプであれば、悔しさはもっと増すのかもしれない。
全然違うから、由香が青木さんに惹かれた理由が見えてしまった気がして今は悲しみの方が上回っている。
「辛かったでしょう?」
「初めて知った時はおかしくなりそうでした」
苦笑いをしてみせた彼女が消え入りそうで切なくなる。
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