55人が本棚に入れています
本棚に追加
青木一馬の言い分
「――それが、坂本チハルさんとの出会いです」
「青木さん、話を聞けば聞くほど、あんたには動機があるじゃないか」
大柄な男は、何度も何度も首を振り、信じてくれと泣いている。
浮気した妻を殺した男を逮捕した。
駐車場の車の助手席で男の妻は死んでおり、その傍らで男は半狂乱になって救急車を要請した。
そしてそのまま男を逮捕、言いわけはあまりにもお粗末だった。
「ですから、俺は由香を、妻を殺すつもりなんかなかったんです」
「でも結果的には殺してしまった、そうだろう?」
「違います、何かの間違いなんです、だって薬は睡眠薬のはずで」
「検死結果は劇薬だったがね?」
やっていない、と男は机をドンと叩いた。
目が血走っているのを見ると、疲れがピークに達しているのだろう。
ここに来て三日、今日も同じ供述に疲れがきているのはこちらも同じだ。
「坂本遥人さんにも事情を聴きに行ってきたんですがね」
「アイツは、なんて!?」
「確かに亡くなった由香さんと関係はあったと。ですが最近、二人は別れたらしい」
「え?」
「由香さんとのことは、奥様にも話して詫びたそうだ。坂本さんご夫婦は、話し合って生まれてくる赤ん坊のためにやり直すことにしたのだとか」
「チハルさんが妊娠? そんなのウソだ、だって」
つい最近だ、会ったのは。
「ウソではない、オレもチハルさんに会ってきたからわかる。青木さん、あんたチハルさんのせいにしてたよな? あの薬はチハルさんに渡されたと」
「そうです、言ったでしょう? 俺は由香と、彼女は坂本さんと旅行をし、そこで四人で話し合うつもりだった。でも、怪しまれないように合流するために、由香と坂本さんを眠らせて待ち合わせ場所で、って」
「だが、待ち合わせ場所にチハルさんは来なかった。気付いたら、由香さんは息をしていなかった。理由は、あんたが飲ませた劇薬が原因で」
「それが違うんです! チハルさんが……、そうだ。彼女にもちゃんと聞いて下さい。俺たちは何度も会ったんです。何度も会って綿密に計画を立てて。絶対にただでは別れないようにしようって、互いに誓い合って。俺たちは同志なんです、だから彼女に、チハルさんに会わせて下さい!」
激高して声を荒げた青木一馬にため息が出た。
「青木さん、チハルさんはあんたに会ったことも話したこともないそうだよ」
「え?」
「あんたから聞いていたチハルさんの容姿と本人とがあまりにも違っていて……、本来なら見せるわけにはいかないが確認のためということでご本人にも許可をもらっている。青木さん、あんた本当にこの人から薬を受け取ったのか?」
どうせ自分で用意したんだろう?
いい加減往生際が悪い。
ショートカットで、美人ではないが愛想のある顔立ち。
そんなチハルさんの写真を見せると眉間にしわを寄せる。
ほらな、妄想が生み出したチハルさんとは似ても似つくわけもなく……。
「誰です? この人は。俺の知ってるチハルさんは、この人じゃない! 誰だ、この女は!!」
手渡したチハルさんの写真を手で握りつぶし、頭を掻きむしりながら「違う、俺じゃない。話し合うつもりだったんだ」とまた泣き喚く。
明日も、また同じ供述を繰り返すのだろうか。
この猛暑の中、外で泣き喚く蝉のようでうんざりする、勘弁してほしい。
最初のコメントを投稿しよう!