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岩永翔子は笑う
昨日の新聞の小さな記事に、青木由香の名前を見つけた。
あの女、やっと死んでくれたんだ。
中二の時、イジメにあった。
きっかけは単にカースト上位の女の子のシャーペンが無くなっただけ。
偶然同じシャーペンを持っていたカースト下位の私は犯人扱いされて、謂れのないイジメを受けた。
中二の終りから引き籠った。
高校にも行けず、通信教育でなんとか卒業して。
少しずつ家から出られるようになり、ようやくバイトを始めるまでに至ったのが二年前だった。
カフェのバイトは始めこそとても緊張したけれど、周りの人があたたかくて慣れていくことができた。
そんな中、あの女が店にやってきたのだ。
綾瀬由香、結婚指輪をした女は私の顔に覚えがないようだ。
もっとも、あの頃の私はとても太っていた。
引き籠りで拒食症になってからどんどん痩せていき、まるで別人のようかもしれない。
この女が知っている頃の私より、三十キロくらいは痩せているのだから。
商談をしていた彼女が落とした名刺により、今は青木由香として一流商事に勤めていることがわかった。
ああ、いい大学を出て順風満帆に暮らしているのね。
私はあんたのおかげで高校すらまともに通えなかったというのに。
度々この店を訪れる由香は一向に私に気づくことはない。
名札に「岩永」って書いているのに、どうして?
記憶の片隅にすら残っていないんだろう。
自分が私を犯人にしたってことすらもね!
やった側の人間は、やられた側の気持ちなんて一生わかりっこない。
やるせなかった。
ある日、テーブルにスマホを置いたままトイレに立った由香を見た。
水を注ぎに行きながら、そのスマホの中身をハッキングする。
由香のせいで引き籠りになった私が身につけてしまった業だ。
スマホの中には彼女の秘密がいっぱいだった。
住所にクレジット番号、友達、予定、旦那だろうイケメン男とのツーショット写真。
そして不倫相手との会話。
ああ、あの頃みたいにふんぞり返った嫌な女のままで、生きてきたんだね。
なんだか、とっても安心した。
謙虚に生きていたならば、あんなこと考えもしなかったわ。
***
「一馬さんが予約した旅館から一キロほど先に、人気のない駐車場があるんです、場所はそこでどうですか?」
「でも、二人とも顔を合わせたら、互いに車から降りようとしないような」
「眠らせておきません? これを、どうぞ。会う前の一時間くらい前にジュースに混ぜて下さい、無味無臭の睡眠薬なのでバレないはずです」
青木一馬は頷いて、私が持ってきた薬を受け取った。
「チハルさん、二人にはちゃんと謝ってもらいましょう。だって俺たちは何も悪くないんですから」
一馬の言葉に、涙を流してみせたら、抱きしめられる。
「ごめんね、一馬さん。巻き込んでしまって」
「また、それを言う。俺たちは、同志じゃないですか」
ううん、同志なんかじゃないの。
気づかれぬように、そっとほくそ笑んだ。
***
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