テレホンクラブ・ラブ

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 その昔テレホンクラブなるものが流行った。御存じない方がいると思うので簡単に説明する。そこへ男性が料金を支払って入店すると個室に案内される。部屋で待っていると電話が鳴る。女性客からの電話である。受話器を取って女性と話し、それから色々な状況が起きたり何も起きなかったりするのが、このテレホンクラブ略称テレクラだ。要するの男女の出会いの場である。  ただし電話を掛けてくる女性にサクラがいる。実態は不明だが、それなりの数だろう。女性からの電話が来なければテレクラが成り立たないのだから、電話が来ないときに備え店側がサクラを用意するのは当然である。また、店の電話番号を記したポケットティッシュを繁華街などで女性に配って――ティッシュ配りのバイトは疲れてくると男にも渡す――店へ電話を掛けてもらうよう努力する。  こうして書いてみると、恋人を作りたい男女が出会う方法として物凄く効率が悪いという気がしてくる。相手の顔を見ず電話のやり取りだけで待ち合わせするか決めるのだが、好みじゃない人が来る恐れが多分にある。日本古来の盆踊りや文化祭のフォークダンスの方が親しくなる可能性は高いように思えてきた。テレクラでカップルが成立する確率は深海でアンコウのオスとメスが遭遇するのと同じくらいレアケースなのではあるまいか? そもそも本当にテレクラで良い思いをした人間がいるのだろうか?  いや、そんなことはない! 自分は交際相手を見つけたのだから、成功例はある! と主張するテレクラ利用者エニヌ氏の話を書く。  エニヌ氏はテレクラで知り合った女性と親密な間柄になったのだそうだ。  しかし、そこへ至るまでの道のりは長かった。その女性と出会うまで、何度騙されたか数えきれないとエニヌ氏は語る。広末涼子にそっくりだと自称する女性と電話で会う約束をして待ち合わせ場所へ出かけたら、そんな女はいなかったのでテレクラに戻ってきた――テレクラは一度料金を支払うと、同日内なら出入りが自由なのだ――という悲しい思い出を切々と話すエニヌ氏だが、彼も自分自身を竹野内豊やキムタク似だと嘘をついていたので、どっちもどっちだ。  さて、エニヌ氏が運命の女性と巡り会った際の話に戻る。最初エニヌ氏は彼女を疑った。二人っきりになると、どこからともなく男が現れ「俺の女に何をする!」と凄む、いわゆる美人局(つつもたせ)を警戒していたのだが、そうはならなかった。話も体も合ったので「これっきりの関係にしないで、また会おう」と言ったら相手は同意した。それで交際が始まったわけである。会う回数が増えるにつれて二人の愛情は深まった。いつしか結婚の話も出るようになった。彼女が望んでいるのだそうだ。  そういう自分の経験を踏まえ、エニヌ氏は次のように述べる。 「テレクラに行く奴は騙されに行くようなものだと言う人がいますけど、それは違います。僕は、ど真ん中の女性を見つけました。真実の愛を、心の安らぎを得たのです」  しかしながらエニヌ氏が見出した真実の愛の行方は不透明だ。エニヌ氏は妻子がいるのだ。離婚してテレクラで知り合った女性と結婚する気なのかと問われたら、違うと言う。真実の愛は結婚で縛れない、心の安らぎは自由な恋愛の中だけにある! というのが彼の主張だ。その理屈にテレクラの女性が納得しているか? と重ねて尋ねると「自分に妻子がいることは話していない」とのこと。相手の女性を騙しているのではないか? と詰問すれば「彼女は騙されたとは思わない、これが真実の愛だと分かっているから」との返答だ。騙されているとしか思えないテレクラの女性が気の毒でならない……が、その女性はエニヌ氏の妻に雇われた別れさせ屋の工作員なので、事態は女性側の目論見通り進んでいるのが実態のようだ。女と男のラブゲームが繰り広げられるテレクラは奥が深い、このままテレクラが消えてしまうのは勿体ない……というわけで今夜も筆者はテレクラの門を叩くのであった(テレクラに門は無いので、騙されないで下さい)。
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