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「もうヤダ!」
結衣はシャープペンを机に放り出すと、背もたれ代わりにしていたベットへと背中から倒れ込んだ。
「お前…すぐ飽きすぎ。さっき昼食って始めたばっかだぞ」
俊輔は机の上の課題から顔を上げると、呆れたように頬杖をついた。
「だって午前中もやったもん!難しくて全然解んない!」
俊輔はため息をついた。
───結衣と一緒にやるのは良いけど……課題……全然進まない……。
「どこ?教えてやるから」
俊輔と結衣が通うのはこの辺では一番の進学校で課題も『そこそこ』多い。
結衣が口を尖らせながら解らない所を指で示すと、俊輔が問題を解き説明し始めた。
それを聞いているフリをしながら俊輔を見つめる。
「俊輔ってさ…まつ毛長いよね」
ボソッと口にした結衣を俊輔がまた呆れたように視線を向けた。
「お前…聞いてないだろ…」
「あ!バレた?」
ペロっと舌をだしたかと思うと
「少し休もう!ね!?そしたらまた頑張るから!」
そう言って顔の前で手を合わせ、拝むように俊輔を見つめた。
「全く…。お前…次のテスト、また補習になっても知らないからな」
俊輔はまたため息をつきペットボトルのお茶を口に流し込んだ。
結衣と一緒に課題や勉強をすると、決まって同等くらいの休憩時間が入る。
「そしたらまた俊輔に助けてもらう。お菓子買ってきたから食べよ?」
コンビニの袋から嬉しそうにポテトチップスを取り出す結衣に
「いや…さっき食ったばっかじゃん…」
呆れ顔のまま頬杖をつく。
「ご満悦そうで何より…」
その言葉に「へへ…」と笑うと袋からクッキーも取り出した。
机の空いた場所にお菓子を広げる結衣を横目に、俊輔は苦笑いしながら一人で教科書をめくっている。
すると突然
「俊輔…彼女作らないの?」
ポリポリと音を立てクッキーを食べていた結衣が口を開いた。
「はい!?」
「中学の時は何人かいたでしょ?彼女」
クッキーを口に加えて結衣が意味ありげに見つめる。
「何だよ…突然……」
「えー…だって俊輔結構モテるのに高校入ってから彼女いたことないじゃん?」
「別にそんなモテないし」
俊輔が苦笑いして教科書に目を戻すと
「モテんじゃん!嫌味か…」
ムキになり僅かに声を荒らげた結衣に慌てて顔を上げた。
「なんで結衣が怒んの!?」
「別に怒ってないし…」
そうは言うが、不貞腐れたように口を尖らせた結衣はパクッとクッキーを口に放り込んだ。
実際、結衣のクラスだけでも数人俊輔のファンがいる。頭が良くて優しくて運動もそこそこできる。顔立ちだってけして悪くない。
多少背は低いが、それだって際立って低いわけでもない。
中学の頃は『成瀬兄弟』のどっちが好みか…なんてよく女の子達の間で議論が行われた。
「夢乃先輩が俊輔のこと『ちっちゃいイケメン』て言ってるの知ってる?」
俊輔がまた…ため息をつき、課題を諦めて教科書をとじた。
「なんだそれ…。夢乃って…東条先輩だろ?生徒会長の」
結衣が新しいクッキーを食べながら頷く。
「あの人いつもそんなことばっか言ってるよ。ちなみにそれ全然褒めてないからね、むしろ悪口だからね」
そう言うと面白くなさそうに
「それに俺、そんなチビじゃねえし」
と付け加えた。
「俊輔、夢乃先輩と仲良いんでしょ?生徒会一緒だし」
結衣が探るような視線を向ける。
俊輔は生徒会役員で夢乃とよく一緒に仕事をしていた。
頭が良くて気さくで美人…。夢乃に憧れる1、2年生など、掃いて捨てるほどいる。そしておそらく下級生の中で夢乃と一番親しくしているのが俊輔だ。
「仲良いかぁ?普通じゃない?あの人誰とでもすぐ打解けるから」
「ふぅーん」
意味ありげな返事に俊輔が眉を顰める。
「なんだよ…」
「夢乃先輩の好きな人の噂知ってる?」
「中村先輩だろ?中学から付き合ってるって聞いたけど」
「あの2人別れたんだよ?夢乃先輩に他に好きな人が出来たんだって」
「へぇ」
「興味無さそう」
結衣はそう言いながらポテトチップスを俊輔の口の前に差し出した。
するとそれを一口齧り付き
「興味ないもん」
あっさり答えた俊輔を思わず見つめる。
夢乃の好きな人が俊輔ではないかともっぱらの噂だが、どうやら本人は知らないらしい。
結衣は内心ホッとしていた。
本当は2人が付き合ってるんじゃないかと心配していたのだ。
「へへ」と笑うと俊輔がかじったポテトチップスの残りを口に入れた。
「なんだよ?怒ったり笑ったり…。ホントお前って忙しいな」
呆れて笑っている俊輔を横目に
「さて!課題やりますか!」
放り出されて転がったままのシャープペンを手に取る。
俊輔が夢乃と付き合っていなかったと分かっただけで十分収穫があった。
「今度こそ真面目にやれよ」
そう言って笑う俊輔に「はーい」そう答えると、結衣も課題に取り掛かり始めた。
階段を上がってくる音が俊輔の耳に微かに届く……。
───帰ってきた……。
そう思った瞬間、部屋のドアが何の知らせもなく開いた。
「おかえり」
顔を出した葵に俊輔は声をかけた…が……しかしその声に何の反応も示さず
「まだいたのかよブス」
葵が結衣に向けて言い放つ……。
「人の部屋に入る時はノックくらいするのが礼儀だって知らないの?ブラコン」
そして当然の様に結衣もそれに応戦する……。
しかし葵は珍しくそれを聞き流し余裕の笑顔で入ってくると俊輔の隣に座り、手にしていたケーキをこれ見よがしに机に置いた。
「あ——‼︎それ…新しく出来たケーキ屋さんのケーキ‼︎」
結衣がすぐに反応した。
「一日限定30個……ちなみに最後の一個」
葵がニヤリと笑ってから、持っていたスプーンですくうと見せ付ける様に口に入れた。
「───うまっっ‼︎」
「いいなー‼︎ ねぇ!ひと口ちょうだい‼︎ ひと口で良いからっ!」
結衣は本気で羨ましがっている。
「ふざけんな!やるわけねえだろ!」
「良いじゃん!ケチ!」
「あー!美味しーっ」
そう言ってまたひと口食べる……。
「めちゃくちゃ性格悪いんだけどっ‼︎」
───…うるさい…………なんで…いつもいつも……
「…葵……それいくらした?」
大きなため息と共に俊輔が尋ねると
「600円」
悪びれる様子もなく葵は答えた。
「…100円分結衣にあげな」
「はあ⁉︎ 何でブスにやんの⁉︎」
「いいから……あげな」
葵はムッとした様に、それでも俊輔に従い結衣にスプーンを渡した。
小さくガッツポーズをすると、結衣はそれを受け取り
「いただきますっ!」
ひと口すくってパクリと口に入れた。
「あ———っっ‼︎」
それを見るなり今度は葵が叫び声をあげた。
「お前‼︎ 今…スプーンごと口入れたろ⁉︎ 最悪なんだけどっ!普通こういう時はスプーンに口付けない様に食うのが礼儀だろ‼︎」
本気で怒っている。
「お前……俺のスプーンでも箸でも平気で使うじゃん……」
また俊輔が結衣を庇うようなことを口にするから
「俊のは平気だけどブスのは無理‼︎」
余計火が着く……。
「……男のクセに……うるさっ…」
そして結衣がボソっと言うと……
「俊!」
葵が結衣を指差し俊輔に訴える。
───何で……俺に言うの……
しかし俊輔が苦笑いするに留めると
「ブス‼︎ お前、新しいスプーン取ってこいよ!」
今度は結衣に直接訴えた。
「えー?スプーン何処にあるか知らないから無理ー」
「そんな訳ねえだろ‼︎ 昔からこんだけ入り浸ってんだから!」
二人の言い合いにうんざりしながら、ため息をつき俊輔が立ちあがろうとした。すると…
「俊は行かなくていい!ブスが行くから!」
葵が俊輔の腕を掴んで止める。
「葵が使うんだから葵が行きなよ!」
「───はあ⁉︎ お前が使えなくしたんだろ!」
そして……また始まる………。
二人の言い合いをしばらくは我慢して聞いていたが
「いい加減にしろよ!」
痺れを切らした俊輔が怒鳴りつけた。
そして葵の手に戻っていたスプーンを取り上げ、ケーキをひと口分すくうと『パクッ』と問題のスプーンごと口に入れた。
「──これで良いだろ⁉︎」
口を押さえながら葵に渡し
「………二人とも小学生並みだぞ……」
俊輔はそう言って甘すぎるケーキを何とか飲み込んだ。
結衣の顔が微かに赤くなっている。
今までだって食べ物も飲み物もシェアしたことなんて幾らでもあったが……。
『自分が使ったスプーン』を平気で使ってくれたことが嬉しかった。
しかし我慢しきれず笑顔になってしまう結衣に
「笑ってんなよ……ブス…」
葵は小声でそう言うとケーキをすくって口に入れた……。
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