忌まわしい過去

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「今日はありがとうございました」 結衣がふざけて、わざとらしくお辞儀をすると 「どういたしまして」 俊輔が笑いながらそれに答え 「お前、あんなに頑張って入ったんだからもう少し真面目に勉強しろよな」 そう付け加えた。 一時降った夕立のせいか、キレイな夕焼けが辺りを赤く染めている。 俊輔の家からの帰り道。 結衣の家の近所の公園まで送るのが習慣になっていた。 「だって…、先生の教え方下手なんだもん。何言ってるかさっぱり解んない。俊輔が先生だったら良かったのになぁ」 「まぁ、先生によって全然違うからな」 俊輔は苦笑して 「俺で良ければまた教えるから」 そう言い結衣の頭をぽんと優しく叩いた。 すると結衣の顔が微かに色付く。 幼い頃からずっと俊輔がすきだった。 優しくて面倒見が良くて……。 困ると必ず俊輔が助けてくれた。 けれどその優しさは自分だけに向けられたモノではないと知っている。 ───きっと今言ったのが私じゃ無くても同じように返すんだろうな…。 ひとりで思いを巡らせて、そしてひとりで落ち込む。いつものルーティーンに結衣が小さくため息をついた。 「どうした?」 俊輔が結衣の顔を覗き込む。 「え?」 目線の高さが違うはずの俊輔と、急に目が合って胸が“トクン”と音を立てた。 「ため息ついてたぞ?」 「あー…。私ってそんなブスかなぁって」 結衣は顔を上げて誤魔化す様に無理に笑顔を作った。 まだ気持ちを伝える勇気が持てない……。 「何?突然………──ああ、葵のことか……」 「私、なんであそこまで葵に嫌われたのかなぁ?昔は普通に仲良かったと思うんだけど」 笑っている俊輔に結衣が肩をすくめる。 「別に本気で嫌ってる訳じゃないと思うけどな。あいつマジで嫌ってたら絶対話さないから」 「そうかなぁ…。でもあれはブスブス言い過ぎ!」 「結衣だって相当言ってるぞ?俺から見たらどっちもどっち」 「そうだけどさ…。さすがにあんだけ言われたら私だって落ち込むよ」 不意に出た言葉だったが、いつからかいきなり自分へ敵意をむき出しにしてきた葵がずっと不思議でならなかった。幼い頃は俊輔と葵と三人でよく遊んでもいた。 肩を落とし大袈裟に結衣がため息をつくと 「別に結衣はブスじゃないよ。可愛いと思うけどな」 なんの躊躇いもなく俊輔が口にした。 するとその言葉に結衣の心臓が痛いほど激しく動き出した。 夕日では誤魔化せない程顔が赤くなっているのが自分でも分かる。 これも自分だから言ってくれているのでは無いと分かっているのに、胸が苦しい程締め付けられる……。 「あ!私、買い物頼まれてるんだった!今日はここでいいや」 これ以上一緒にいたら、自分の気持ちに気付かれてしまいそうで、俯いたまま口にすると結衣は小走りに走りだした。 「───え?」 「ありがと!またね!」 そう言って振り向きもしない後姿を、俊輔は呆気にとられて見送った。 「…俺。なんかまずいこと言ったかな…」 ポツリと呟きしばらく考えていたが、やがて俊輔は肩を竦めて今来た道を戻り始めた。 「腹減った」 家に着くなり葵の不機嫌そうな声が俊輔を出迎えた。 「今作るよ………飯炊いた?」 「炊いといた」 ぶっきらぼうに答える葵をキッチンからチラッと盗み見る……。 どうやら今日は本格的に機嫌が悪いらしい…。 「お前さぁ」 夕飯を作り始めた俊輔に、リビングから葵が声を掛けた。 「あいつと付き合ってんの?」 視線はスマホに向けたままだ。 「はぁ!? 別に付き合ってないよ。結衣が家に来るのなんて昔からだろ」 俊輔が呆れたように答え、またチラッと葵の様子を窺う……。 確かに高校に入ってからは勉強にバイトに忙しくて昔ほど頻繁には来てなかったが、葵の口からこんな事を言われたのは初めてだった。 「ふぅーん」 葵が振り向いて冷たい視線を向ける。 「またお前の病気が出たのかと思った」 「なんだよ?病気って…」 「女好き」 「───はぁ!?」 俊輔が心外だと言いたげに声をあげた。 「いつ俺が…」 「中学の時の俊は優等生の皮を被った、ただの女好きだったろ」 俊輔の言葉を遮り葵が話続けた。 「何人女取っかえ引っ変えした?」 ソファーに腕をかけ葵が冷たい視線を投げ続ける。 「お前…人聞き悪い…」 中学に入ると周りが異性に興味を持ち始め、何組の誰が可愛いとか好きだとか言い出した。 俊輔はその会話についていけず『好きな人』が葵以外、過去いなかったことに初めて気付かされた。 葵の過去があっただけに正直焦った。 もしかして自分は同性が好きなのか!?と悩んでみたが、どうやらそうでもない。 そんな1年の夏休み前、初めて女の子から告白された。 隣のクラスの可愛いと評判の子だった。 友達に背中を押されたのもあって初めて付き合った。 付き合ってその子を知る内に好きになるかもしれないと思ったからだ。 しかし付き合ってしばらく経っても好きだという感情は一向に湧いてこない。 結局3ヶ月で別れ、その後また違う子に告白され付き合ってみたが結局結果は変わらなかった。 別の子なら…と片っ端から付き合った。 デートもしたし、キスも、それ以上の事もしたが、結局相手に対して『恋愛感情』はもてなかった。 そして中学の卒業と共に無理に人を好きになろうとするのもやめたのだ。 「俺にだって事情があったんだよ…」 俊輔が言い訳するようにブツブツ言っているのが聞こえたが 「まっいいけど」 そっけなく答え、葵は再びスマホに目を移した。 夕方のスプーンの件からずっとイラついていた。 結衣の口をつけたスプーンを俊輔が平気で口にしたことに腹が立ったし、いつもなら絶対口にしない様なクリームたっぷりのケーキを結衣のために食べたのも気に入らなかった。 しかし何より葵をイラつかせたのは“俊輔が結衣の肩をもったこと” ………。 そして結衣の嬉しそうな笑顔………。 思い出しただけで頭に血が上りそうになる……。 気分転換にと始めたゲームもそのせいで上手くいかない。 「───くそっ」 葵の吐いた悪態が俊輔の耳にも届き、オムレツを作りながら俊輔はその様子を窺った。 何にそんなにへそを曲げているのかさっぱり分からない。 いつもなら結衣が帰れば機嫌は治るのに……。 ───ケーキを取られたことだろうか…。結衣が1日30個限定のケーキと言っていたしなぁ…。 俊輔は思い当たる要因を頭の中で色々と巡らせた……。 目の前でオムレツを頬張る葵を見つめる。 大好きなオムレツを前にすると、ようやく少しだけ機嫌が良くなった様に見える。 フと俊輔の目にオムレツを食べている葵のスプーンが映った。 ───スプーンか…。 あのスプーンのやり取りから、あからさまに葵の機嫌が悪くなった。 思いついたように俊輔が自分のオムレツを一口分すくうと葵に差し出した。 「……なんだよ………」 それでもまだ少し機嫌が悪そうに眉をひそめる葵に、何も言わず更にスプーンをその口元に近ずける。 葵は怪訝そうな顔はしたものの素直に差し出されたオムレツを口にした。 ───俺の使ったスプーンが本当は嫌で機嫌が悪くなったって訳でもなさそうだな…。 俊輔は眉をひそめると再びオムレツを食べ始めた。 ───逆転の発想で考えてみたらどうだろう…。 再び何か思いついたように手を止め考え出す。 ───俺が使ったスプーンが嫌だったんじゃなくて、俺が使う前のスプーンを本当は使いたかったんだとしたら…。 「──あ…」 思わず口から声が漏れる。 ───結衣が嫌いだから意地悪をしてるんじゃなくて、好きだから構ってるのか…!? 結衣が来てる時、葵は必ず俺の部屋に来る。さっき、俺と結衣が付き合ってるのか聞いてきたのも、それなら納得がいく。 ブツブツと口の中で言いながらひとつの結果へ辿り着いた。 ───葵は結衣が嫌いなんじゃなくて好きなのか……。 そう思った瞬間、俊輔の胸がチクっと痛んだ。 「ん…?」 俊輔が眉をひそめ、左手を胸に当てる。 ───今痛かったような気がしたけど………。 一方葵は、首を傾げ胸に手を当てている俊輔を呆れて見ている。 「お前…さっきから何してんの?」 「え?いや…別に?」 俊輔の白々しい反応に見つめる目をわざとらしく細める。 「何考えてるか言ってみな。どうせろくな事じゃないだろ」 「別になんも考えてないよ。ただお前も成長するんだな、って思ってただけ」 「──なんだそれ⁉︎ ぜってーろくな事考えてねぇだろ!?」 ムキになる葵を尻目に、最後のひと口を口に入れると俊輔はさっさと食器を片付け始めた。
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