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シャワーを浴びたままの濡れた髪をタオルで拭きながら、結衣はベッドへ横になった。
帰り道俊輔に言われた言葉がまだ耳に残っている。
「……可愛いと思うけどな…………だって…!!」
ひとりで言って恥ずかしくなり、枕で顔を隠した。
俊輔のことだから特別な意味があるとは思えない。
しかしそれでも嬉しくて顔がニヤつく……。
すると机に置きっぱなしのスマホが着信を知らせ、結衣は慌てて起き上がるとスマホを手に取った。
───俊輔!?…………
しかし画面には中学の時の部活の友達の名前が表示されていて
「なんだ…あずみか…」
肩を落としスマホを耳に当てた。
「もしもし?」
「結衣!?久しぶり!元気だった!?」
変わらない少し高めの声が聞こえる。
「元気だよー!本当久しぶりじゃん。急にどうしたの?」
結衣は苦笑いしながら、ガッカリしたのを悟られないように明るめの声で答えた。
昨年の夏にみんなで遊んだ以来だ。
「結衣、成瀬兄とどうなの!?」
「何!?突然!!」
今まさに俊輔のことを考えていたのを知っているかのような質問に思わず声が上ずる。
「いやぁ、いい加減告ったかなぁ?って」
「……まだ…だけど…」
「結衣のことだから、そんなことだろうと思ったぁ」
電話の向こうであずみが笑っているのが分かる。
嫌いではないが、昔からハッキリした性格が変わらない。
「もう!そんなことで電話してきたの!?」
「ごめん、ごめん!怒らないでよ」
そう言いながらも笑っているあずみの声がまだワントーン高くなり
「ねえ!少し前に出来た駅前のカフェ行った!?」
声自体も大きくなっているように聞こえ、結衣は微かに眉をひそめベッドへ横になった。
「オープンしたのは知ってるけどまだ行ってない」
「マジ!?あそこで成瀬弟バイトしてるよね!?この間行ったらいてさぁ!めちゃめちゃカッコよくなってたんだけど!元々キレイな顔立ちしてたけど、大人っぽくなっちゃって!ちょーイケメンじゃん!」
「…………へぇ…。葵あそこでバイトしてんだぁ」
興奮気味に捲し立てるあずみとは裏腹に結衣が関心なさそうに答えると
「ちょっと!何そのテンションの低さ!」
今度は何故か怒られ、結衣は口を尖らせた。
「えー…だって…」
あれだけ嫌われてて興味を持てって方が無理だ。
「まぁ、いいけど!結衣は完全に兄一筋だもんねぇ!」
「…………まぁね…」
ボソッと答えて今度は赤くなっている。
「でね!結衣にお願いがあるんだけど…………」
「お願い?」
「4人で遊び行けるように誘ってくれない!?」
突然の話に結衣が首を傾げる。
「誘うって誰を?」
「成瀬兄弟に決まってるじゃん!」
「えー!?」
あずみの言葉に結衣が思わずベットから飛び起きた。
俊輔は誘えるとしても葵は絶対無理だ。
そんな会話出来るとも思わないし、もし誘えたとしても来るとも思えない。
「無理!無理!私が誘ったって葵は絶対来ないよ!」
「そこを何とか頑張ってよ!お願い!」
電話口で青くなる結衣をお構い無しに続ける。「ダメならダメで諦めるからさ。結衣だって成瀬兄と遊び行きたいでしょ!?」
──それはそうだけど…。
俊輔の家に行くことはあっても一緒に遊びに行ったことなんてほとんど無い。
「うーん…。でも遊びに行くって言ったって何処行くの?」
「それ!」
あずみが待ってましたとばかりに声を上げた。「夏なんだからやっぱ、プールでしょ!?」
「───プール!?」
「そう!可愛い水着きてさ!」
「プールはダメ!」
「なんでよ!?」
間髪入れず断った結衣ににあずみが面白くない声をあげたが、まさかここで俊輔の『水恐怖症』のことを言う訳にもいかない。
「──だっ…だって…水着とか無理だし…」
咄嗟の言い訳を口にするが、あながち嘘でもない。
俊輔の前で水着姿になったのなんて、小学生の時が最後だった。
「はぁ!?中学生か!夏、女の子が一番可愛く見えるのは水着姿だからね!」
「そんなこと言ったって…」
水恐怖症のことを知っていて、俊輔をプールに誘うなんて出来る訳がなかった。
───俊輔のことだから誘えば来てくれるかもしれないけど。そんなのきっと全然楽しくない。
「シーシティってプール知ってる?」
しかし結衣のそんな思いを知る訳もなく、あずみは構わず話を続けた。
「アスレチック一体型プールなんだって、なんか今デートスポットで人気らしいの!」
「……デート…」
「ね!絶対楽しいって!」
──そりゃ…俊輔と一緒にそんなとこで遊べたら楽しいだろうけど…。
「うーん…」
「結衣もそろそろ本気でいかないと、今度こそ成瀬兄、誰かに取られちゃうよ!?もう17なんだから!中学の時のく
っついた離れたとは違うからね」
結衣があずみの言葉に声を詰まらせた。
そんなこと言われなくたって自分が一番解っている。
中学の時から、もたもたしている自分をよそに彼女と歩く俊輔を何度も見ていた。
「今でさえ結衣と成瀬兄の経験値は天と地の差なんだから」
「そんなに言わなくてもいいじゃん…」
「ちょっと大人っぽい水着きて意識させなきゃ!プールが嫌ならアスレチックで遊んだっていいしさ!」
「まぁ…確かに………それなら…………」
結衣だって本音を言えば行きたい。
「じゃぁ決まりね!」
結衣の言葉にあずみの声が弾んだ。
「でも!本当っに!葵、無理かもしれないからね!」
結衣が念を押す。
俊輔に頼んでも8割…いや9割…来るとは思えなかった。
今日だけを考えてもあれだけ悪口言い合っている……。
「そしたら3人で行こうよ!私が結衣のキューピットになったげる!」
「なにそれ」
結衣は苦笑いするが、胸の中は間違いなく弾んでいた。
俊輔と一緒に遊びに行くことを考えただけで胸が高鳴る。
「でさ!その前に一緒に水着買いに行こ!ケーキくらい奢るからさ」
結局結衣は、俊輔達をプールに誘う約束と、人生初になるビキ二を買う約束をさせられて電話を切ったのだった。
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