変化

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レジに並ぶ客をこなし、時計を見ると夜の7時時を30分以上程過ぎている。 本当だったら30分前に終わってるはずだった。 俊輔が小さなため息を吐くと、慌てて入ってくる店長の姿が目に入った。 「成瀬くん上がって!遅くなっちゃってごめん」 「お疲れ様です。全然大丈夫ですよ」 軽く汗をかきながら息を切らしている、どこかクマのぬいぐるみを想像させる様な中年男性に俊輔が笑顔を向けた。 「片山さん…また休みですか?」 「そうなんだよ。彼ドタキャン多くて本当困るよ」 店長が汗を拭いながら溜息をつき 「彼、白瀬高校なんだけど…。頭いい子の考えることは俺にはよく分からないや……」 言ってから焦ったように俊輔に視線を向けた。 「あ…、成瀬くんも白瀬高校だっけ!?」 俊輔は笑うと 「俺も白瀬ですけど、片山さんは特進コースで、しかもトップクラスの成績って聞いたから全然違いますよ。俺は やっと普通コース行けたくらいなんで」 そう言った。 同じバイトの片山は、学校も学年も一緒だが特別進学コースで学校で会うことはなく、数回ここで一緒になったことがあるだけだった。 俊輔の中で片山は『無口で変わった人』という印象だった。 店長に変わってもらって店を出ると、駐車場の隅で結衣が立っているのが見えた。 「結衣!───お前何してんの?」 俊輔が声をかけると結衣が慌てているのが分かった。 「ちょっと散歩?…って言うか…俊輔に聞きたいことがあって…て言うか…お願いがあってって言うか…」 しどろもどろになっている結衣に俊輔は首を傾げて笑う。 「何言ってんの?って言うか……今まで待ってたの!?」 「俊輔7時までって言ってたから…」 「ごめん、ごめん!急に休んだ人いてさ」 そう言えば朝、結衣からバイト何時までかメッセージがきて、7時までと返していた。 しかしその後何も言われず、すっかり忘れていた。 「店、入ってくれば良かったのに」 俊輔がまた「ごめんな」と謝ると 「いいの!……か………考え事してたし…だっ…大丈夫……」 いつもと違う結衣の消え入りそうな声に俊輔が不思議そうに首を傾げた……。 2人で暗くなった道を歩き出す。 しばらく他愛無い話をした後、結衣があずみからの任務を遂行するべく意を決して口を開いた。 「あのね!───中学の時の北村あずみって覚えてる?」 「北村あずみ?…確か…結衣、仲良かった娘じゃないっけ?部活一緒とかで…」 「そうそう!そのあずみがね…」 酷く緊張している……。葵を誘う為なのか、『デート』という言葉のせいなのか…。 「………この間バイト中の葵を見たらしくて……私に葵を遊びに誘ってくれって言うの……」 「……それはまた…困難なこと引き受けて」 結衣の性格と今の態度から、それを引き受けてしまったのだと言われるまでもなく解り、俊輔が呆れた様に笑った。 「私には無理だし、誘ったところで来ないと思うよって言ったんだよ?」 結衣が落ち込んだ様に言い訳すると 「それで……俺から葵に言えって言う訳ね。あんまり何でも引き受けるなよ?結衣、すぐ気にするんだから」 俊輔が結衣の頭を撫で 「帰ったら俺から話すよ。まぁ…俺が言ったところで行くとは思えないけどな。あいつ、ああ見えて人見知りだから」 そう言って苦笑いした。 「ありがとう…」 結衣の心臓が激しくなる。 俊輔が撫でた頭が妙に熱い。 しかし今日ばかりはこんなことで喜んでいられない。 「───あのね!実は他にもあって…」 結衣にとってはこっちが本題だ。 「……まだ何かあんの?」 「話の流れで…私も行くことになっちゃって…」 「──結衣も!?」 俊輔がびっくりして立ち止まる。 当然の反応だった。 間違っても結衣と葵が笑顔で仲良く遊ぶ姿なんて想像するのすら無理だ………。 「だから、俊輔にも来て欲しいの!」 その言葉に俊輔が黙ったまま結衣を見つめた。 予想外の反応に結衣の心臓がまた激しくなる。 俊輔のことだから『仕方ないな』と笑いながら軽くOKしてくれると思っていた。 それが何も言わず何かを考えるように結衣を見つめている。 俊輔は数日前の葵と結衣のことを思い出していた。 もし本当に葵が結衣を好きならコレがきっかけになるかもしれない。 ───言い出した北村さんには悪いけど葵が結衣と仲良くなるチャンスなのかもしれない。 そう考えた途端、俊輔の胸の奥が疼いた。 何か不快な物を見た時の様な、微かに不愉快なことがあった時の様な……。 俊輔は胸に手を当て結衣から視線を逸らした。 「……俊輔…?」 「……いいよ。俺も行くよ」 少しの沈黙の後、俊輔が結衣を安心させるように笑顔を向けた。 ───なんだ…?このモヤッとした感じ…。 その胸の中の靄の様な『違和感』の正体が分からないまま 「遊ぶってどこ行くの?」 俊輔はワザと明るい声をあげた。 「…それが……」 「───ん……?」 「お前本当バカなの!?」 夕飯を作る俊輔を背中から葵が怒鳴りつけた。 さっきから何度“バカ”と言われたら分からない。 その声に俊輔がため息を吐いた。 家に着き結衣からの話を葵に伝えてからずっとこの調子だ。 自分でもバカだと思っていた。 ───湯船にすらまともに入れないのにプールの誘いを受けるなんて…。 溺れたり発作を起こせば周りにも迷惑をかける。 葵に怒鳴られながら俊輔が再びため息を吐いた。 最後に大きな発作を起こしたのは中3の秋だ。 受験のストレスもあったのか、浴槽にたっぷり入ったお湯を見ただけで呼吸がおかしくなり、過呼吸を起こして動けなくなった。 いち早く気付いた葵に助けてもらうまで浴室でどうしていいか分からなくなっていた。 「お前さあ、いいカッコし過ぎ!ダメなものはダメって言えよ!」 いいカッコしてるつもりは無いが、確かに人から頼まれると断れない性分だ。 「あいつも何でプールなんか誘うんだよ!俊のこと知ってるハズだろ!?あいつのそういとこムカつくんだよ!何でもかんでも俊に言えば良いと思って…」 怒りはもちろん結衣にも及んでいる。 「まぁ……そう言うなよ……。結衣だって最初は断ったって言ってたし…」 結衣の申し訳なさそうな顔が頭に浮かび、思わず庇う様な言葉を口にすると、明らかに怒りが増した様な葵の瞳が俊輔を睨みつけた。 「───俊がそうやって甘やかすからあいつは昔からああなんだよ!」 葵が廊下への扉をあけ「俺は行かねーぞ!知らねーからな!」そう吐き捨てる様に言うと、階段を上って行った。 そして俊輔は何度目かの大きなため息を吐いた。 葵と結衣が仲良くなれば…とOKしたが、逆効果でしかない様な気がした。 もはや葵が結衣を好きなのかも…というのも勝手な思い込みだったのかもしれない。 まあ、そこはどうであれ2人が仲良く…せめて罵り合わない程度になってくれれば、俊輔としても有難たかった。 しかし………葵が行かないとなれば、この話自体無くなるかもしれない……。 発端は北村あずみが葵を誘いたくて出た話だし、葵が行かないとなれば自分が行く必要も無くなる。 明日、結衣に電話をして「やっぱり葵行かないって」と言えば終わりになるだろう。 そう俊輔は1人納得すると、今度は小さくため息を吐いた……。
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