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ベットに横になり葵は見慣れた天井をぼんやりと見つめた。
たった一日いなかっただけで、随分長い時間留守にしていた様な気がする。それが昨夜の出来事のせいなのか、初めて見る俊輔の姿のせいなのか解らなかったが、それでも実際よりひどく長い時間だったように思えてならなかった。
───俊…………
気が滅入るような感覚を振り解くように、葵は寝返りをうった。
あのドアを開け入ってくる俊輔を今まで数え切れない程見てきた。
朝起こすため、出来た夕飯を知らせるため……。
時には呆れながら、また別の時は笑いながら。当たり前だと思っていたことが、そうではないと初めて解った。
俊輔に触るなと言われたこともショックだったが、何より以前の発作の後とは確実に違う俊輔に戸惑い、不安になっていた。
───悪く……なってんのかな……
すると目の前のドアをノックする音に、葵は身体を起こした。
「ごめんね……。休んでた?」
ドアを開けると結衣が申し訳なさそうに葵を見上げた。
「俊……どう?」
あの後結衣に俊輔を頼んで、何も出来ない葵が部屋へ戻った。
同じ空間にいない方が俊輔が落ち着けると思ったからだ。
「葵の言った通り…ソファーでずっと手を握ってたら寝ちゃった」
「良かった……ありがとう」
ホッとして微笑む葵に結衣の顔が暗く曇った。
「昨日……何かあったんじゃないかな……」
「……何かって……?」
「……分からないけど……望月くん…いたみたいだし……」
「望月?」
「……昨日来てた人……。俊輔は薫って呼んでる」
「え……」
───また……あいつだ…………
「なんで………なんで何かあったと思うの⁉︎」
葵の言葉に一瞬戸惑ってから
「望月くん…………小学校の頃だけど……」
結衣が口を開いた。
「俊輔の事、好きなんだってみんな噂してて……もちろん、昔の話だし……バカげてると思うんだけど……」
明らかに表情が険しくなった葵に戸惑いながら、結衣は続けた。
証拠も無いのに陰で悪口を言っているみたいで気が引けたが、どうしても思い過ごしだと思えなかったのだ。
「けど、バイト先で偶然再開って……本当に偶然なのかな……」
結衣は確信がある訳じゃないから……と、それ以上は言わなかったが、結衣の中にも『薫』への不信感があるのだと解った。
しかも、葵が見た俊輔に付けられた赤い痣と、以前俊輔を好きだったと噂される程の何か。
葵は胸の中に不安を抱えたまま、1人になった部屋で再び天井を見つめた。もし、『薫』のせいで症状が悪くなっているのなら放っておくわけにはいかない。
───俊が発作の後、記憶を無くす事を分かってたら……その間に……
やはり、そこに考えが及んでしまい葵は無意識に拳を握りしめた。それがもし思い違いではなかったとしたら、そう思うと込み上げる薫への怒りを誤魔化すことが出来なかったのだ。
───好きだったらそんなマネ……出来ないだろ……
騒つく胸中を落ち着かせたくて、葵はベッドから起き上がると水を飲む為にキッチンへ向かった。
すると俊輔の寝息が耳を掠めた。その穏やかな音に安堵すると、惹かれるように脚がそちらへ向き、起きている時より幼く見える寝顔を見下ろした。
子供の頃から何度も見てきた、大好きな寝顔だ。
恐らく誰も取って代わることが出来ない程愛しい人……。
触れたくて不意に伸ばした手を、葵は途中で止めた。
───諦めるって……決めたんだから……
見ているだけで苦しくなる寝顔を後にキッチンへ向かうと、コップ一杯の水を飲み干し、葵は再び自分の部屋へと戻って行った。
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