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喧嘩
「大丈夫ですか?」
「……ん?何が?」
心配する千尋に藤井はいつものように笑顔を向けた。
「今日……顔色悪いですよ?」
「そう?最近寝不足だからかな」
藤井は誤魔化す様に言うと、店内に視線を向けた。
先程まで賑わっていた店内も閉店を前にやっと客足が途絶え、確かに少し気が緩んでいた。
───仕事に集中しなくちゃ……。
いくら客足が途絶えたと言っても、夏休みを満喫する学生なのか若い客で満席に近い。
───後…30分で閉められるかな……その後事務の方して……。
この後やる事を思うとうんざりするが、忙しい方が葵の事を考えなくてすむ。
店内を見回す瞳にふと一組の客が目についた。少し前に入ってきた酔っ払いだ。
───大人しく帰ってくれよな……。
そう思いながら藤井は閉店の準備を始めた。
「本当に申し訳ありません」
藤井がスタッフルームで仕事を済ませて店へ戻ると、案の定千尋が酔っ払いに絡まれて謝っている姿が目に入った。
「マネージャー!千尋さんが!」
「大丈夫だから、閉店の準備続けて」
心配そうなスッタフを落ち着かせると、残っている他の客の関心がそれに向き始めているのにも小さく溜息を吐き
───勘弁してくれよ……。
急いでその席へ向かった。
「千尋くん代わるよ。───どうかなさいましたか?」
そう言って客との間に入り、千尋を自分の後ろへ隠した。
「おいおい、俺はその子に話してんの!お前は呼んでねぇよ」
据わった目にも、近寄っただけで分かる酒の匂いにも僅かにイラつきながら藤井は頭を下げた。
「申し訳ありません。この店のマネージャーの藤井と申します。何か不手際がございましたら私が承ります」
頭を下げた藤井の左手が、客から見えないように千尋に下がるように合図した。
「千尋さん大丈夫ですか!?」
躊躇いながら戻った千尋に他のスタッフが心配そうに駆け寄った。
店内に残っていた数人の客も騒つき始め、スマホで動画を撮りだす者もいる。
「何かあったら警察呼ぶから」
先程のの席では千尋と代わった藤井が一方的に怒鳴られている。
するとカウンターの中から心配そうに見ていた千尋が突然息を呑んだ。怒鳴り続けていた客の一人が、まだ残っていた飲み物を下げている藤井の頭にかけたのだ。
「マネージャー!───警察に電話してッ」
千尋が振り向きスタッフに指示した瞬間──
店内に大きな音が響き渡った。
「───千尋さん!」
スタッフの声に音の方を振り返ると、客の一人が床に倒れこみ藤井がもう一人の襟首を掴んでいる。
「マネージャー!───藤井さんッ!」
見たことの無い藤井の表情に、千尋の怒鳴り声と見ていた客の悲鳴にも似た声が店内に響き渡った。
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