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「すみませんでした」
オーナーに頭を下げている藤井の背中を千尋は少し後ろから心配そうに見つめた。
藤井が人を殴るところも、あんなに険しい表情も初めて見た。
「まぁ……相手は酔っ払いだし……直斗がされた事を思えば仕方ないとは思うけどね……」
溜息と共に見まわした店内の壮絶さに、オーナーの近藤はもう一度溜息を吐いた。
幾つかのテーブルや椅子も壊れ、床には元の形が何だったのか分からなくなったガラスの破片が散らばっている。
その店内に、近藤と藤井、そして千尋だけが残っていた。
「……本当にすみません」
ずっと頭を下げている藤井の頭を軽く叩くと、近藤は呆れたように笑った。
「昔を思い出すよ……」
本店はもっと繁華街にあり酔っ払いの客も多い。
入ったばかりの藤井はよく喧嘩をしかけて近藤に止められていた。
「とにかく、明日業者に連絡するから…。どっちにしろ明日は営業出来ないでしょ。みんなに休みだって連絡して…。直斗は……怪我もしてるようだし…一週間の謹慎処分ね」
「…………はい…。本当に申し訳ありませんでした」
「まぁ……うちの店で働き出してから一週間も休んだことないでしょ?リフレッシュ休暇だと思ってゆっくり怪我治しなさい」
近藤の言葉に藤井はまた深く頭を下げた。
「大丈夫ですか……?」
二人とも私服に着替え店を出ると千尋がまた心配そうに藤井に声を掛けた。近藤は懐かしいと言っていたが、こんな風に感情を曝け出す藤井を見るのは初めてだった。
見上げる横顔が痛々しく痣になり、先程より腫れが増してきている。
「僕は大丈夫だから……千尋くんこそ結局迷惑かけちゃって悪かったね」
そう言って藤井が苦笑いした。
「朝になったら明日の勤務の人には僕が連絡しとくから、千尋くんは帰ったらゆっくり休んで」
そう言うと待たせていたタクシーに千尋だけを乗せた。
「──藤井さんは!?」
慌てて窓を開け心配そうに見つめる千尋に微笑むと
「僕は歩いて帰れるから。……じゃぁ、出してください」
心配そうに振り向いたままの千尋が乗ったタクシーを見送った。
少し頭を冷やす時間が欲しかった。
酔っ払い相手に本気で腹を立てるなんて、自分ででもバカだと分かっている。
結果、オーナーにも店の従業員にも迷惑をかけた。
── 一つの店を任されている大人のやることじゃない……
冷静になってきたせいか脇腹に痛みが走る。
───なんも………変わってねぇじゃん………
自己嫌悪から漏れた大きな溜息にもうんざりしながら、藤井は漸く歩き出した。
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