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葵は力任せに自分の部屋のドアを閉めた。
俊輔が結衣の言いなりになっているようで本気で腹が立っていた。
葵は何度も俊輔の『発作』を見てきた。
毎回死んでしまうのではないかと不安になる。
大切な人のそんな姿を見るのがどれだけ怖いか俊輔は解っていないのだ。
そして、葵がどれだけ俊輔を大切に想っているのかも……。
葵はベットに仰向けに倒れ込み子供の頃の事を思い出した。
まだ小学3年の頃。
公園で俊輔とその友達とサッカーをして遊んでいた。
その公園には大事にされている桜の木があり、『登ったりしてはいけません』と、ご丁寧に子供向けの立札まであったのに、結衣と数人の子が登って遊んでいた。
ちょうど結衣が登った時、細い枝が折れ凄い音と共に見事に地面へと落ちた。
木登りをしていた子達は蜘蛛の子を散らすように逃げ、結衣だけが残された。
俊輔が慌てて結衣を助け起こすと、結衣は泣きそうな顔で
「どうしよう…桜の木折れちゃった…」
そう言ったのだ。
今思い出しても腹が立って仕方がない。
俊輔の性格を知っていて『どうしよう』と…。
音を聞きつけて出てきた近所の人に誰がやったのかと聞かれた時も結衣は俊輔の後ろに隠れた。
結局俊輔が『僕がやりました』と言ったのだ。
その後親まで呼び出され、俊輔は大人達にこっぴどく怒られた。
それだけじゃない。
中学の時も俊輔は白瀬高校の特進コースを目指していた。
ギリギリいけるかいけないか…の瀬戸際で家ではずっと勉強をしていた。
何とかテストの点も上がり特進コースの合格圏内に入りすごく喜んでいたのを覚えている。
それが……受験少し前から結衣の勉強に付き合うようになって俊輔の点数が落ちた。
結局最終の話し合いで俊輔は特進コースを諦めたのだ。
「あいつは俊の疫病神なんだよ……」
葵が忌々しげに呟やくと、スマホがメッセージの着信を知らせた。
俊輔からの『メシ』とだけのメッセージ……。
葵は起き上がり大きなため息を吐くと、部屋を出て階段を降りていった。
重い空気の中、服の摩れる音が妙に響いている。
葵は自分の部屋から降りて来てからは何も言わなかった。
と言うより口をきかない……。
俊輔は食べていた手を止めると、視線を夕飯の麻婆豆腐に残したまま重い口を開いた。
「……明日結衣に葵が行かないって伝えるよ。そうすれば俺だって行く必要が無くなる……」
「………それでも行くってなったらどうすんの?」
葵も食べる手を止め俊輔を見つめた。
「──まさか!?………北村さんが葵と遊び行きたいって言ったのが発端だし、それはないだろ」
言い切った俊輔の鈍感さに葵は心底呆れた。
結衣が自分を好きだと全く気付いていないのだ。
「そんなの分かんねぇじゃん。もし行くってなったらどうすんの?」
「それは…」
俊輔が言葉を詰まらせた。
確かに葵が行かないとなったからといって絶対話が無くなる保証は無い。
葵が大きなため息をついた。
「………俺も行くよ。………お前が発作起こしたら誰も対処できないだろ」
そう言うと再び食べ始めた。
俊輔が驚いて葵を見つめた。
まさか葵があの剣幕から行くと言うとは思ってもなかった。
「───その代わり!絶対俺から離れるなよ!知らないところで発作起こしても助けらんねぇからな!」
葵が指の代わりに箸を俊輔に向ける。
「………はい……」
「──後…ケーキな!」
そう言いながら不貞腐れた顔で食べ続ける葵に
「分かった」
俊輔は笑顔で答えた。
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