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マンションのドアが閉まるのが分かると、莉央はもう一度振り返り、藤井の部屋の窓を見上げた。
結局、藤井を医者に連れて行くことも、ちゃんと話す事すら出来なかった。
「全く…………1回死んでみればいいんだわ……強がりばっか言ってないで」
腹いせに心にもない事を呟くと、莉央は駐車場へ踵を返した。
すると目の前まで来ていた人影とぶつかりかけ
「ちょっと!危ないじゃない!」
イラついたままに声を上げた。
「──す、すみません!急いでて……」
慌てて頭を下げる姿に、莉央は思わず目を見張った。
「葵くん!?」
「え!?───あ……莉央さん……」
「凄い汗じゃない……。直斗の所にきたんでしょ?」
顔中汗をかき、息を切らしている葵に、莉央はバッグからハンカチを取り出した。
「ほら、汗拭いて」
少し困ったように微笑みながらハンカチを差し出す莉央から目を逸らし、葵はTシャツの裾を握りしめた。
あの日以来会うこともなかった。まさかこのタイミングで出会うとは、思いもしていなかった。
「そんな顔しないの…」
そう言って笑うと、莉央は手を伸ばし葵の額の汗を拭った。
「──俺…………」
「はい!ストップ」
顔を上げ、開きかけた葵の口を莉央の指が優しく塞いだ。
「間違っても謝らないでね。私は直斗と別れる気は無いから。──それに……直斗があなたに本気だったとしても、それは直斗の気持ちの問題で、あなたがどうこう出来る事じゃないでしょ?」
莉央の言葉に葵は顔を歪めて俯いた。
「でも…………葵くんが来てくれて良かった。あいつ……怪我してるくせに医者行くつもり無いから……。葵くんが行けって言えば行くと思う」
「───そんな酷い怪我してるんですか!?」
莉央を見つめた瞳が不安で揺れている。
「……それは医者じゃないから、私には何とも言えないけど……」
その必死さに初めて莉央の顔から笑顔が消えた。
今藤井が求めて止まないのが、隣にいることを望まれているのが、自分では無いのだと思い知らされる。
「───早く会いに行ってあげて」
無理に笑うと莉央は葵の肩を押した。
こんな風に嫉妬しているのを見られたくない。
「きっと…葵くんに会いたくて仕方がなくなってる頃だから」
葵に背中を向けオートロックを解除すると
「じゃあね」と、莉央は歩き出した。
「あのッ──ありがとうございます!」
葵の素直さに、頭の隅がチリチリと音を立てるように痛む。
自分が「直斗に会うな」と泣きでもすれば、葵は恐らくそれに従うだろう。
それでもそう出来ないのは、プライドからでは無く、“直斗から本気で嫌われるのが怖い”から。
葵がマンションの扉を開けるのが分かると
「───あ、そうだ葵くん……」
その背中を呼び止め、二言三言耳打ちすると、莉央は漸く駐車場へと歩き始めた。
「これくらいの意地悪…………したって良いわよね」
そう言って晴れた夏の空を見上げた。
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