忌まわしい過去

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忌まわしい過去

窓から心地よい風が吹き込み、前髪を揺らし、それにくすぐられる様に俊輔は目を覚ました。 レースのカーテンが遊んでいる様にひらひらと風になびいている。 眠い目をこすりながら身体を起こし、周りを見渡した。 しかし父と義母はまだ買い物から戻っていないようで、部屋の中には隣で眠る小さな葵の寝息だけが聞こえる。 ピンク色のほっぺをいつもの様につついてみたが熟睡しているのか全く起きない。 うっすらと開いた赤い唇が目に入り“トクトク”と俊輔のまだ幼い胸が高鳴った。 周りに誰もいないか部屋の中を確認すると、俊輔は葵の赤い唇にそっとキスをした。 ピピピピ…とベットの上の目覚まし時計が不快な音を立てて時間を告げ、俊輔は目を開けた。 起きたばかりにしては、イラつく程しっかりした意識で目覚まし時計を止めると、いつものように大きなため息をついた。 ───またあの夢だ……。 いつもの朝と同じように、着替えを済ませキッチンへ向かうと、僅かに残るイラつきを隠すように、まだ眠っている葵と自分の為に、手早く朝食を作った。 父の仕事の都合で両親が共にアメリカへ行ったのが、一年と2ヶ月前。 葵と二人の生活にも慣れそこそこ上手くやっている。 時々見る『あの夢』以外は……。 朝食を皿に盛り付けるのと同時にスマホが大きな音で音楽を鳴らし時間を知らせた。 ──よし、いつも通りだな。 やっと見えなくなったイラつきにも満足したように頷くと、階段を上がり“悪夢の元凶”の部屋へ向かった。 しかしその途中、今朝見た夢思い出し、またため息が漏れる……。 何しろ自分の『黒歴史』が常に傍にいるのだ。 そう簡単には、忘れられない。 俊輔がまだ6歳だった頃の出来事───。 初めて恋をして寝ている葵にキスをした。父の再婚相手の連れ子だったひとつ年下の葵…。 白い肌とふわふわの髪がすごく可愛く見えたのを覚えている。 ノックもせずに葵の部屋に入ると、俊輔はまず鳴り続けている目覚まし時計とスマホを止める。 毎日の日課だ。 ──この煩い中でよく寝てられんな……。 そう思いながら一晩中つきっぱなしのエアコンを止め、カーテンと窓を開ける。 「葵!起きろ!」 大声にも動じず寝ている葵を呆れながら見つめ、次は夏用の布団を思いっ切り剥いだ。 「お前7時に起きるんだろ!?」 「うるせぇな……」 そこでやっと葵が不機嫌そうに目を開けた。 「バイトなんだろ!?俺は起こしたからな!」 ドアに手をかけ、葵が起き上がるのを確認してから部屋を出る。 これも毎日変わらない。 成瀬俊輔、16歳。高校2年生である。 ──俺は…あの時呪いに掛かった。 ───人を好きになれない呪い………。 小さい頃の葵はとにかく俊輔によく懐き、学校が終わる時間になるといつも玄関で待っていた。 ──それが忘れもしない……。 葵が小学校入学を控えた2月。注文していたランドセルが届いたと嬉しそうに見せてくれたあの日…。 紺色のランドセルに微かに違和感を抱いた。 でもクラスメイトにも青や茶色、黒のランドセルを使っている女の子もいたから、『そんなもんなのかな。葵は赤とかピンクか似合うのに』と思ったのも覚えている。 そしてその日の夜、いつも1人で風呂に入っていた俊輔の元にきた義母が、嬉しそうに信じられない様な言葉を吐いたのだ。 「俊ちゃん、葵も一緒に入っていい?もうママと一緒は嫌みたい。1年生になるからかな」 ───!?……一緒にって……俺……男なんだけど…………。 酷く動揺したものの、意義を唱える間もなく風呂の前で葵が服を脱ぎ始めているのが分かった。 どうしていいか分からず、俊輔は湯船に顔まで浸かって 「俊ちゃん!」 嬉しそうに入ってくる葵の笑顔が目に入ったのと同時に背を向け壁を見つめた。 ───本当に来たし…… 保育園での話をあれやこれや話しながら、身体を洗っているのが背中越しに分かる。 「俊ちゃん背中あらって!」 「──え!?」 葵の突然の言葉に思わず振り返ると、真っ白な肌が視界に飛び込んだ。 どこか外国の血が流れてるのでは…と思える透き通る様な白さに、俊輔の胸がドキッと高鳴った。 しかし俊輔にタオルを渡し、葵はさっさと背中を向けている。 タオルを手に、まさか浴槽から出る訳にもいかず、途方に暮れながら浴槽の中で膝立ちになり、俊輔はおずおずと手を伸ばした。 口から心臓が飛び出てしまうのではないかと思う程、鼓動が激しい。 そしてその後ろめたが余計それを煽り立てる……。 申し訳ないとは思ったが、俊輔は適当に背中を洗うと、黙ったままタオルを葵へ返し、再び首まで浸かり壁に視線を戻した。 ───どうしよう…。息苦しいけど……出られない…………。 早い鼓動が、風呂に長く浸かっているせいなのか、それとも裸の葵が傍にいるせいなのか… それすらもう分からない。 しかし、そんな俊輔の鼓動に止めを刺すように、葵の嬉しそうな声が風呂場に響いた。 「葵も入る!」 「───え!?」 そしてその声にギョッとして思わず振り返ってしまった……。 この時動揺して振り返らなければ…… もしくは子供ながらにスケベ根性を出してもっと早く葵の裸を見ていれば……… 少しは未来も変わっていたかもしれない………。 振り向いたその先で、ちょうど湯船に入ろうと、葵が浴槽をまたいでいた。 本当に悪気は全くなかった。 そしてその時何が見えたのか、茹でダコのように真っ赤になった俊輔には理解出来なかった。 葵の股間にはっきり見えた、自分にもついている『あれ』がなんなのか……。 ただ意識が途切れる間際に ───女の子にも……ついてんだっけ…… そう思ったのは、恐らく一生忘れないだろう。 そして風呂で溺れた俊輔は、泣き叫ぶ葵の声に、慌てて駆けつけた父の手によって助けられた。 それから……不本意ながら水恐怖症と人を好きになれない呪いを手に入れてしまったのだ……。
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