転生

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 *  ○○になりたい……などという願望を素直に抱けていたのは学生の頃までで、社会などという魔物の森に丸腰で突撃することを求められるようになってからは、自分の才能や技量などを勘案すると大半のことは叶わないのだと悟った。  人並みの幸せを得られればそれでいいし、それすらも得られない人がたくさんいる。そう思うと、現実を見据えながら大木のごとく太く深い根を張り、足元をしっかりと固めておくほうがよほど正解に近いと考えるようになった。  自分の性格からして、独り身でいるのは絶対によくないと思ったあたしは、いろいろと策を練った結果、無事に恋人を見つけることができた。  春真っ盛りのあたたかい今日も、彼とのデートでスケジュールが埋まっている。 「いいね、いいね」  桜の咲き乱れる公園に来ていた。  いま、彼は給料一ヶ月分の代金を細かく切り刻んでローンを組んだというデジタル一眼レフを片手に、小型の地対空ミサイルみたいな長いレンズをあちこちに向けている。  けれどその筒先があたしに向くことは未だになく、ひたすらに、よく晴れた空へ向かって枝を広げる桜の木にばかり、シャッターという名の銃弾を放ち続けている。なあ、いいね、ってさっきから何に向かって言ってんの? おまえがそんな声をあげたところで、レンズの先にある桜の花があっはんうっふんとか言うのかよ。百歩譲って言ってもいいけど、声がでかいんだよ。  マッチングアプリで知り合った当初から、彼は写真の趣味があって、あたしはもともとピアノを弾くのが好きだった。お互いに芸術が趣味なら相手の好きなことを尊重できるよね……とスタートした交際はすでに今月で半年を迎えている。  思慮が足らないまま大きな決断をすると後悔する……という教訓を、あたしはあのバカ高校に入ることを決めた受験の時に身をもって理解していたはずなのに、結局同じ愚を繰り返すこととなった。カメラひとつ持ち出せばいつでもどこでも趣味の世界に浸れる彼と違い、あたしは仕事から帰ってきた真夜中にピアノを弾くことはできず、休日は外に出かけるのが好きな彼についていくから、久しく鍵盤に指を這わせていない。  そのくせ、彼があたしの写真を撮ってくれることはほとんどないのである。彼はもともと「風景写真が好きで、人間を撮るのは苦手だ」とか、トマトはソースなら食えるけど生は無理です……みたいな、えらく選り好みしたことを言っていた。そんな遠慮してないでもっと五臓六腑まで味わえよあたしのことを。花だと思ってあたしのど真ん中まで綺麗にその目に焼き付けろ。こんな近距離なら肉眼で見たほうがよく見えるって。いちいちファインダー覗かなくていいんだから、それってかなり時短だし、つまりは得じゃない?  あんたがあたしという花を枝から切り離さない限り、いつまででも綺麗に咲いているための努力は惜しまないつもりでいるのに、どうして明後日のほうばっかり見てんの? そうやって抗議したところで意味がないのは知っていた。彼は花の中では、桜の花が一番好きだと言っていたからだ。だから今もシャッターを切りまくっている。  でも納得はいかない。どんな花だって、咲いたら散ってしまうか枯れてしまうのが運命だ。ただしそれは人間、もっといえば人間関係だってそうだと思わない? 愛情とか恋心とか、そういう水なり栄養なりが降り注いでくれなければ、どんなに肥沃な土だってぱさぱさに乾いてしまう。言ってしまえば花が枯れるのなんて、ひどく呆気なくてつまらない。枯らしたくなければケアが必要なんだよ。  太陽と雨と土で生きている桜の花たちと違って、今のあたしにとっての天地は、あんたそのものなのにさ。
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