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仕事が終わりプラネタリウムバーに行くと、カウンターに怜士の姿は見当たらなかった。店員に待ち合わせだと伝えると、入ったことのない奥まった個室へ通される。どうやら怜士は個室を予約しておいてくれていたらしい。
天井のない個室からは、本物にそっくりな宇宙が見える。美玲はドーム型の星屑たちを見上げて小さく息を吐いた。
「なににする?」
「じゃ、ビールにします」
しばらくしてグラスが運ばれてきた。コツンとグラス同士が合わさり、軽やかな音と共に中のアルコールが跳ねる。
「朝霞さん。あらためて本当にありがとうございました。助かりました」
「気にしないで。実は俺、昔から嫌いだったんだよ、あの人」
怜士は茶目っ気たっぷりにウインクした。らしくない怜士の可愛らしい仕草に、美玲の胸がどくんと弾む。美玲は慌てて、俯きがちにグラスへと視線を戻した。
「私……朝霞さんには嫌われたと思ってました」
「え? どうして?」
怜士は素直に驚いたように瞳を瞬かせた。
「学と言い合ったとき、ちょっと期待してしまったというか……。朝霞さんは優しいから、きっと庇ってくれるものと思ってて、でも……」
美玲が目を伏せると怜士は目を細め、その視線を流れるように手元に落とした。
『藤咲さんの言う通り、俺が頼んだのは山本係長。それで、山本係長から勝手に仕事を引き受けたのは、藤咲さん自身だよ。俺が責められるいわれはないと思うけど』
ビールの泡が弾ける様を見つめたまま、美玲は自嘲的な笑みを浮かべた。
「ちょっとショックで」
「ごめんね。あの場で言うわけにはいかなかったから。でも、結局君には負担をかけてしまったね」
「……いえ。朝霞さんがあんなこと言ってくれるなんて思わなくて。すごく……すごく、嬉しかったです」
(もう、こうして会えることはないと思ってた。あれからずっと話せていなかったし……あの一件で嫌われてしまったと思ってたから)
顔を上げると、怜士は優しい顔で見つめ返してくれていた。その視線が合うだけで、顔が熱くなる。
「……私」
(……私、やっぱり朝霞さんのことが好き)
怜士の手が美玲の頬に伸び、首の後ろに回った。優しく引き寄せられ、二人の距離がグッと縮まる。
「あの……朝霞さん」
美玲が声を出すと、怜士はそれを遮るように唇を塞ぐ。口付けは触れるだけのものからどんどん深くなっていく。
「……朝霞……さん」
美玲は、深くなるキスの合間に怜士の名前を呼ぶ。吐息まで混ぜるように、怜士は美玲を見つめ、
「なに?」
(好きって言いたい。でも、今はまだ……)
まだ、言うべきではない。
「研修が明けたら、また会ってもらえますか?」
「……うん」
怜士は美玲の腰に手を回し、グッと引き寄せる。美玲は怜士の胸に手を当てると、そっとその胸に耳を押し当てた。
そっと目を閉じると、怜士の心臓の音がする。
それは、これまでに感じたことのない感情を美玲に与えた。
(やっぱり告白したい。臣君とのこと、ずっと宙ぶらりんにしてたけど……臣君にはちゃんと言おう)
美玲は目の前の爽やかな色をしたグラスを見つめ、覚悟を決めた。
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